第1話-3 京浜大震災後、東京都渋谷区のはずれ
心の鍵がはずれて出てきた俺の記憶の断片と、キールがなだめるタイミングが重なった。
「イツキ、落ち着け。落ち着いて、ポケットに入っているクッキーを食え」
「なんで分かるんですか! 未来人の特権ですか!」
死から意識を逸らすこと。生のためにするべきこと。
軍人なら今を生きることに全力を注げ、とは、かつて俺も指導官から言われている。
だから、キールは軍人らしく、俺を落ち着かせようとしただけだ。
本気でパニックになっていた俺は、何かを思い出そうとしたこともあり、キールの言い分をギリギリのところで受け入れることが出来た。
「あー、直感だよ。食い物がなければ、俺があげようと思っていたさ」
「命を救えないかどうかは、キールさん、貴方にもわからないのですか?」
「キールでいい。半端な敬語もやめろ。この様なら、予備役も軍人だ」
「えぇと」
「イツキ、何度も言わせるな。食いものがあるなら今すぐ食え。俺は今、目の前にいるお前の命を救いたい」
湿気たクッキー2枚を味わい食う。甘すぎて咽る。のども乾いていたことに気づく。
キールは得体の知れない飲み物を軍用の銀ボトルで寄越した。
少しだけ飲んだら、ただの水だった。
水道水は最強。
消毒や飲食、洗い流すことなど、幅広く使えて便利と彼は言った。
なんだ。未来でも、軍人は今と同じ技能や知識を使っているのか。
部下に腹を空かせない上官としては、キールは優秀かもしれない。
今の俺は部下というより、救護される一般人に近いかもしれないけど。
極限になっていた俺は、最初の命の危機を脱出して、少しまともな思考に戻った。
素早く敵を倒した後、足を止める。
次の行動に移ったキールは、頭の中で何かを計算し出した。
そわそわと灰色の空を眺めている。
予備役の俺が、今の異常な状況下で、職業軍人ほど役に立てないのは当然だ。
それは分かっていたけど、図々しく俺は尋ねた。
今、キールは生きる術を考えているはずだからだ。
せめて、俺は今どうした方がいいかは知りたい。足手まといを嘆くよりマシだろう。
「キール、未来の話は教えてくれるんだろう。それなのに、空なんか眺めてどうしたんだ」
「もうすぐ夜だなぁ……って思ってさ。あんなクリ……、ゾンビみたいな連中に夜の移動中や寝ている間、出くわしたら最悪だろう? 逃げながら、また地割れに落ちるか?」
それを聞いて、腑に落ちた。
軍人はどこでも時間間隔を失わない。もちろん時計がなくても、体内時計で24時間のどのくらいか判断する。
薄暗い廃墟の中でこそ、身の危険は多い。
キールは夜の危険な移動より、回復して朝に移動を考えているようだった。
怪物は動きが遅いから、夜のうちに、こちらから奇襲攻撃をする必要もないだろう。
それらを踏まえて、夜に向けて安全な場所の確保が急務だと、俺も分かった。
「確かに、そうだな。どこで夜を明かすんだ」
「もうすぐ、お嬢ちゃんと合流できるはずだけど、生体反応が薄くて探せていない」
「キールには、仲間がいるのか?」
「あぁ、お前を助けろと脅された……いや、救助依頼を受けた……に訂正。イツキは、良い妹さんを持ったな」
「ユウナ! 生きているのか!?」
俺の驚きを前に、キールは困った笑顔をしている。
それが、妹のユウナに対する正しい反応だ。