第8話-3 不穏な大阪帰り
でも、無神経な発言は良くない。
俺が琵琶湖と言ったとき、それまで黙っていたホウセンが猫のように震えあがった。
その言葉を発した軽薄さを俺は、彼女に謝った。
「ふざけ過ぎた。ごめん」
「別にかましまへんよ」
表情をなくしたホウセンが、俺に冷ややかな返事をする。ただ、黄色い瞳は威嚇する猫みたいに攻撃的だ。う、本気で怒っているようだ。
それもそうか。
俺は頭を下げながら、今年の春に琵琶湖で起きた事件を思い出した。
彼女の義父である錦織教授は、今年の5月上旬、琵琶湖の調査中に行方不明になっていたんだ。
それから度々、琵琶湖湖畔では失踪者が出ていた。だから今、海水浴どころか立ち入りが禁止されている。
人間を湖水に引きずり込む琵琶湖の主が住み出したとか、うわさで聞いた。
それが本当なら、自衛軍の駆除部隊をさっさと送り込んだ方が良い。
仮に、大怪獣がこの関西地方で暴れ出したら、どこの部隊が出動するんだっけ。
やはり、うわさの特殊作戦部隊か。
陸上自衛軍なら習志野、海上自衛軍なら広島だったかな。
じゃあ、水棲モンスターの駆除は、アメリカ軍から直接指導を受けているらしい広島の特殊部隊の担当だ。
ドンドン。
俺は驚き、現実に引き戻される。
クリーチャーか。いいや、人がドアをノックする音だ。
事態を察したナガトが顔をしかめた。おずおずと俺は尋ねる。
「なんだ、検問所の軍人か?」
「いいえ、ちょっと面倒くさそうな一般人のおじ様」
そのおじさんは、なんと愛知にある大企業ヨツジの会長さんだった。お孫さんを連れて、大阪へ行く途中らしい。
今、車外でナガトと彼は話し合っている。
自衛軍の緊急車両に乗せてほしい、とナガトにしつこく頼んでいるようだ。
1つ言うなら、会長さん、綺麗なお辞儀だ。軍人見習いの俺も惚れ惚れする姿勢だった。本当に他人のためを思って行動する人だろう。
本気の人を見ると、俺の心が動かされる。
誰の許可が必要か、いや、隠れて送ればよくないか。軍の規律上、たぶん駄目だけど。
「東海地方の避難民受け入れをお願いに大阪へ行きたいのです。お願いします」
「しかし、私たちは軍人で、あなたたちは一般の国民です。一般の方は皆さん、順番を待っているんですよ」
「彼らを待たせる間に、私はやれることがあります。一般人の被災者代表として、身を粉にする勤めがあるのです」
「仮に大阪に行っても、行政は軍と対応が違いますよ。きっと断るどころか、門前払いでしょう。それでも良いんですか」
「行動しない失敗と、行動した失敗。どちらが私を許してくれますか」
「うーん、実は私も予備役から緊急で軍人になったばかりで、どこまで権限があるのか分からないんですよぉ」
黒サングラスのナガトは軍人の仮面を被っていたが、ヨツジ会長さんの熱意に根負けしてボロを出していた。
四辻少年は、ホウセンと何かを話して、笑い合っている。
ホウセンは年下の子供に優しい。俺に甘えてばかりではないのは、少ないながらも彼女の長所である。
ここは俺が一肌脱ぐときじゃないか。余計なお節介の一言をナガトへ話す。
「ナガト、俺たちはクモミネ大将権限で、最初からヨツジさんたちを同乗させていた。そうだろう」
「お父さんに怒られるだけじゃ、すまないわよぉ。懲戒処分、軍をクビになるわぁ」
「日本列島が非常事態宣言で、明日、俺たちが無事、家に帰られる保証はない。お前がそう言ったんだろう。そんな中で、軍から除名されたくらいで喚くことか」
「はは、イツキはたまーに、私の間違いを正してくれるわねぇ。ヨツジさん、私たちに口裏を合わせてくださーい。みんな乗車よ、出発進行ぉ~!」
ヨツジさん達を乗せると、少し車内は狭くなった。
でも、お通夜へ向かう雰囲気だった俺たち3人は、被災者の2人を迎えたことで明るく前へ進むことができた。
嘘が上手く通る。草津、瀬田、大津の検問所を突破した。
全ての検問を通過後、5人でニヤニヤと笑い合った。
何だか悪いことをしているようで、それが若気の至りみたいで、緊急で軍人にされる前の大学生のノリだった。
こんな世の中でも、他人を良い方向に導いている気がした。
単純に、ヨツジさんの役に立てた俺はうれしかったんだ。




