第7話-2 富士山爆発、静岡県浜松市のはずれ
被災者救助と暴動の制圧、それをしながら行政の一部を軍が代行する。
それを一介の軍人が判断できるはずがない。現実問題として、激しく困難な任務があった。
ソウジ少尉は自身の認識の正しさを、現場の軍人たちに再認識させた。
現場の最高階級者であるカガミ大尉が黙らせた。下士官以下、自衛軍の兵隊たちは戸惑いの声を出して、ざわつき始める。
それがソウジ少尉の狙いだった。予め、彼は悪意を持っていた。扇動者として、彼はとんでもないことを言い出す。
「浜名湖サービスエリアの近くの山道はいつまでもつかなー。今の俺たちに進路はない。それどころか退路も塞がれそうだ」
「やめろ、ソウジ少尉! 逃亡は軍人として……」
「はいはい、逃げたって良いじゃないですか。軍人の我々とて、落石を受けたら死ぬ人間ですよ」
「あぁ、わかった。君は何人か引き連れて、豊川方面へ戻ればいい。勝手にしろ」
「言質は取りましたよ、カガミ大尉」
「自己保身の走る下種が……」
服の中に隠していた録音機を見せつけて、カガミ大尉の前で停止ボタンをわざと押す。
ソウジ少尉は、軍人としての救助活動を放棄しようとしていた。それどころか、自らの保身を考えていたようだ。
だが結局、カガミ大尉の言った通り、離脱者は少なかった。豊川方面へ戻ることになったのは、ソウジ少尉と俺たち予備役の十数名だった。
逃亡兵は復興後、どんな目に遭うか分からない。そんな危ない橋を渡りたい自衛軍の兵士は、ほとんどいなかった。
それに日頃の訓練は、国民の命を守るためにやっている。今、目の前の仕事で、訓練の成果を発揮できるんだ。
そんなときに、自分のアイデンティティを手放す軍人はまずいない。
今、日本列島にいる大半の兵士は、真っ当に自分の使命を判断できていた。
「というわけで、浜松での救援活動を止め、俺たちはいったん関西方面へ向かう」
ソウジ少尉の説明に頷く、若い兵士たちは俯きがちで自分の力不足を恥じているようだった。
俺たちは役立たず、静岡から愛知へ逃げて帰った。
山道を進み、土砂崩れを何度か人力で寄せつつ、車両を通す。
「女子に毎日、こないな土寄せさせんでや! あのボケ少尉!」
「ホウセン、声が大きいぞ。手を動かせ」
ホウセンの怒った黄色い瞳が震えている。逃亡兵というレッテルは、俺も心苦しい。
それでも退路を開くため、倒木や土を寄せる。今は無心になるしかない。
俺は額の汗をぬぐった。
少し経って。
「お疲れさまぁ、これどうぞ」
「おお、ナガト、さんきゅーな」
向こうの倒木を寄せてきた、ナガトが俺たちに飲み物を手渡してくれた。
予備役から階級をもらった俺やナガト、ホウセンは、こんな何考えているかわからないソウジ少尉のような上官でも、その指示に従わなければならない。
軍人の使命とか、国家の存亡の危機とか、他人の生死を勝手にこねくり回しながら、大人の軍人は疲れた顔をして自分の正義を語る。
モラトリアムな俺たち予備役は、だから自己判断するには早いって言われるんだろう。
先まで学生だった連中には、まだ不安定な価値観だったんだ。
やっとのことで、豊川駐屯地に戻った。
さらに、数日が経つ。和中5年7月中旬。俺たちの処遇は保留されていた。
それもそのはず。
東海地震は、ここ愛知県内でも大きな被害になっていたからだ。
震災後の点検、後片付けや被災民の受け入れ対応で、正規の軍人たちは忙しそうだった。未だに、駐屯地司令とソウジ少尉は話が出来ていないようだった。




