第5話-3 京浜大震災後、東央大学附属川崎第6研究所
長い廊下の先に立っていたのは、小柄な女性研究員だった。猪突猛進と化したキールは、彼女とぶつかって止まった。
「きゃッ」
「お前、邪魔だよ!」
「あの、ごめんなさい! 私の話を聞いてください!」
「そんな時間はねぇんだよ! お前は、ここの研究員か?」
「そうですけど……」
「部屋に入るカードを出せ!」
キールの奴、入所カードって、律儀に覚えていやがった。
おいおい、早まるなよ。その武器、今までどこに隠し持っていた。
キールは拳銃で、女性研究員の腹部を1発撃った。
本当に追い詰められている奴は手段を択ばない。威嚇はなく、ただ殺意だけが今の彼にある。
軍人養成学校にいる程度の東雲兄妹は、彼の行動に理解が追いつかなかった。馬鹿なことに、ただ見ていた。
彼女は小さく泣き声を出しながら、血で濡れる手を使って首から下がる研究員証を外す。それをキールに差し出した。
ちっ、と舌打ちしてキールは、廊下の奥へ走って行った。
俺はキールを追わなかった。
それより、彼女を助けるんだ。血相を変えて俺は、撃たれた彼女に近づく。
息が乱れる彼女は壁に背を預けて、廊下に座っていた。
俺は銃創を見たけど出血がひどい。でもここじゃ、まともな救護が出来ない。
彼女は小さい声で、俺に言う。キールの仲間だろう、と疑っている。
「なんで……ですか」
「看護大生だから。俺は東雲一稀。不愛想に立っているのは、妹の有奈だ」
「私……宝来夏希です。ガフッ、痛……」
「ホウライさん、これを握って」
「十字架……ですか……。私……懺悔しないと……」
「くそ、血が止まらねぇ」
「ここ……ずっと6月……12日なんです……今日は……いつです……」
あぁ、超常現象。やはり施設内の時間が止まっている。
でも、パニックになっちゃ駄目だ、東雲一稀。
俺は出来るだけ笑顔で、魂の火が消えそうな目をした彼女に答えた。
「和中5年6月28日だ。俺は未来から君を助けに来た」
「ここ……おかしい……イツキ君……助け……なきゃ……」
俺の声を聞いて、震える瞳を彼女はここでないどこかへ向けた。
笑顔と誠意じゃ、今の彼女は救えない。
無様に困惑する俺の手をすり抜けていく。
失血死しそうになっている彼女は、急に立ち上がったんだ。
惨い姿だ。口から血がドバっと吐き出した。
突っ立っていただけの妹は、何か異変に気づく。
窓の向こうを見たユウナは驚いて、俺に命令してきた。
「お兄ちゃん、前に飛んでッ! もう駄目ッ!」
俺は窓の向こうを見る。青い光の線が無数に飛んできていた。
ユウナは俺が返事を待つ余裕がなかった。
妹は刀で瀕死の彼女を突き飛ばして、前から迫りくる光の盾にした。
彼女は青い光によって、粉々に分解された。
遅れて、爆風がくる。向こうまで窓ガラスは粉々に砕けた。
俺たちは、廊下に叩きつけられた。
赤い血しぶきの雨が、俺たちがいる廊下に降った。
そして、彼女が握っていたはずの十字架が、俺の目の前に落ちていた。
俺は膝立ちになる。十字架を拾い上げて、そっと両手で包んだ。
また命を救えなかった。
自分は助かったくせに、俺は震えるしかないのか。
悲しみはすぐに怒りへ変わる。
「何で、何でだよ!」
「この空間が崩壊しているみたい。だから光の破片が飛んできた」
「ユウナ、だからって、だからって、他人を盾にするのか!」
「お兄ちゃんが、そうやって決めないからだよ! いい加減に、前に進めよ!」
幽霊のように返事をする妹に、俺は怒りをぶつけた。