第4話-1 京浜大震災後、川崎へ
灰色の瞳に銀色の稲妻が走ったように感じる。
急に、世界の見え方が変わった。すごく遅いんだ。
雨粒がスローモーションになる。クリーチャーの動きもコマ送りに見える。
漏電したケーブルの火花、ひび割れていく地面も確認できた。
何だ、こんなにゆっくり見ていられるって、まるで走馬灯のようだ。
俺は日本刀を引き抜き、周囲のクリーチャーを吹き飛ばした。刀を動かしただけで、突風が起こる。勝手にクリーチャーが吹き飛んだというのが正しい。
驚いているユウナを抱えて、本当に八艘跳びが出来た。後ろから爆発が迫る。
だけど、余裕で走り勝った。
文字通り、俺は風のように駆け抜けたのだ。
背後に一瞥すると、爆発しながら崩落する橋もう見えなかった。
高速の料金所を疾風のように飛び越えると、遠くに移動する軍用車両の列が見えてきた。
流石に被災して2週間経つと、自衛軍は被災民の輸送慣れしている。
ともかく、このままだと移動する人たちにぶつかるよな。
えぇと、俺はどうやって止まるんだ。
俺の高速移動の欠点は、もっと手前の景色を見落とす。
だけど幸いに、絶対空間認知能力のユウナは見落とさなかった。
「お兄ちゃん、目の前見て、車ぁッ!」
「ユウナ、ごめん!」
軍用車両がパンクしたらしく、軍人2人でタイヤの補修をしている。
高速接近する何かに気づき、その2人は飛び跳ねて、頭を抱えて道に伏せた。
『くそみたいな雨、くそみたいなパンク』
『ぐ、軍曹、あれ!』
『マジかよ!』
『あわー!』
一方で、俺は空中でとっさに反転した。
車の方に俺の背中を向けて、刀とともにユウナを目の前に突き飛ばした。
特警高生のユウナは受け身を取れる。
車にぶつかった俺は即死した。
昔、読んだ少年漫画のキャラクターが思い浮かんだ。
ビルをなぎ倒して、スーパーモードの能力がゼロになると、ふつうの肉体に戻って失神するんだ。
そんなことを思いつつ、別位置から魂が俯瞰して、俺の死に様を見ていた。
たぶん、本当の走馬灯を見ていたのだろう。
高速移動の末、俺は停まっていた車両に体当たりして停止した。
初の感覚。痛みを感じる前に、俺の肉体が粉々に破裂した。
凄まじい衝撃。車が宙を舞い、道路に叩きつけられて爆発した。
ド派手な交通事故だ。
車はスクラップと化し、黒煙と炎をあげる。
雨の中、焼け焦げた血の臭いがする。
散乱した肉片が動き集まって、急速再生した俺は、ふつうの身体に戻った。
ボロボロの服を着たまま俺は意識を失い、道路に横たわっている。
『すげぇや……彼は生きているのか?』
『おじさん、蘇生措置だよ!』
『あ、あぁ!』
事故の放心から戻った年長の軍人が駆け寄る。状況を見に来たユウナも、車の傍で倒れる俺に気づいた。
ユウナと、そのおじさん軍人が協力して、俺を心肺蘇生していた。
もう1人の若い軍人は、ようやく放心が解けて、無線機器で応援要請をしていた。
『こちら、要救助者に怪我人あり。あぁ、先ほど連絡した件ですね。その車は目の前で燃えていますよ! 人に体当たりされて!』
『感情的になるな。向こうさんに、事実を伝える努力をしろ!』
『軍曹だって、動揺しているじゃないですか!』
『で、何分かかる?』
『15分です!』
それから、すぐに応援の軍用車用がやって来た。
近くの感染検査の仮施設まで、俺たちを運んでくれた。
血相を変えた叔父さんの激しい心臓マッサージで、俺は驚いて起き上がる。
『この馬鹿野郎!』
『痛ぇッ! あばら折れるッ!』
『あれ……? 救護室へ早くッ!』
怒声の中、そのまま俺は、軍人2人がかりで運ばれる。
あれだけの大クラッシュをしても、だ。
救護されるほど、俺の全身には怪我がない。不思議な自己再生のせいだ。
それで今度は、簡易テントの中で、感染症の検査だ。
疲れた目をした検査医は、俺の身体を全身診て言い捨てた。
『うーん、本当に事故に遭ったの。私が診るからに、君の身体は健康だよ』
『ありがとうございます』
ようやく、周囲のスピードを俺は普通に感じる。乗り物酔いが覚めた感覚だ。