第3話-4 京浜大震災後、玉川へ
その叔父さんが提案と言って、俺たちは手をつないだ。
叔父さんの先導で、俺たちは道路に気を付けて歩く。
大人の先生を先頭にして、後に続いて歩くのは、なんだか幼稚園児みたいだ。
今は、交通ルールでなく、道の崩壊に注意だ。
そのおかげかどうにか、崩壊寸前のフカフカした泥道も、俺たちは不思議と安全に歩けた。
ユウナは「怖い怖い」と叫んで、すぐ覚醒能力の『同期解除』した。
空間の異常について、よく分かっていない方がいいこともある。
無能な俺やキールには、魔法使いのような叔父さんの道案内は渡りに船だった。
かなり遠回りしたけど、ついに俺たちは玉川インター前の道路に着いたのだ。
「おお、すげぇ。大将あんたは何者だ? まさか、バイオロイドじゃないだろうな!」
「あぁ、それで君は昨日怖がっていたのか。あっはっは、面白いな君! 私は人間の覚醒者だよ。名乗られていないから、俺は君の名前をまだ知らない」
「キールだ。助かったぜ、大将」
「うむ、キール君か。私は雲峰竜哉だ。イツキとユウナの叔父さんだと覚えてくれるとうれしい」
キールは奇跡の行軍を驚いていた。嬉しさ余った彼は、叔父さんと硬い握手を交わす。
苦難を1つ越えた、目の前の2人は飛び切りの笑顔だった。
映画のワンシーンみたいだ。
ただ、ヒロインにもヒーローにもなれない東雲兄妹は、映画での背景や通行人と変わらない。
叔父さんに、両手を合わせて感謝し、俺は頭を下げる。
俺の頭を軽く叩くと、叔父さんは軍人たちがいる向こう側に歩いて行った。
今度は、助ける側になりたい。
ユウナは力になれなかったことで、拗ねて尖がった口をし、頭を下げていた。
兄として出来ることは、彼女の頭を撫でて慰めてあげることだ。
「ユウナの能力が、チートじゃないって分かった。兄として、その方が安心かな」
「……お兄ちゃん、ありがと」
俺は少しだけ明るい口調になっていた。
久々に、生きている大勢の人を見たからかもしれない。
泥色した道路上に、ぞろぞろと集まる人たちがいる。あぁ、ふつうの一般の被災者たちだ。
そして、ここには陸上自衛軍の検問所があった。この大橋を渡った先が川崎である。
川の氾濫を見てきたのもあって、渡り切るまで橋が崩壊しないでくれよと、俺は願った。
「はいはいー、お子さんやお年寄り、女性が先ねー。足下に気を付けてゆっくり渡ってくださーい」
「ユウナ、俺たちも誘導員になる必要ある?」
「予備役も今は立派な軍人だよー。お兄ちゃんも張り切ってお仕事しよー」
「そうか。俺も軍人の扱いだよねぇ」
首都圏退避令による一般人の避難誘導は、臨時政府からの指示を受けた自衛軍の主導で行われた。
都政が機能不全になっていた東京都でも、京浜大震災の発生から2週間で、ほぼ最終段階へ移行していた。
多摩川にかかる橋を渡る一般人も、今回の組でほぼ終わりになる。
川崎や横浜の平野部は、被災により泥状化していると、さきほど軍人から聞いた。
だから、東京から見て南の検問所はここより東側に少ないそうだ。
叔父さんが来る前に、パニックになったユウナが能力で確認した地形変化は概ね正しかった。
東京都の隣接地域、例えば、この先の神奈川県内も被害は甚大であった。
一般の被災者たちは、綾瀬や厚木の基地経由で、別の地方・隣接地域に避難になるだろう。
仕事や生活云々の前に、自分たちの生命を最優先の選択肢にしなければならなかった。
住み慣れた地を捨てる移民、ディアスポラとなった被災者たちの顔は暗く下向きで、葬儀に参列する人たちのようだ。
頭上を流れるのは、黒く暗い雲だ。ゴロゴロと雷の音もする。当然、祝福は感じられない。
この人たちと同じく、今の俺は日本の行く先が全く見えない。
苦しい状況を理解できて、俺の明るい気持ちは無くなった。
ユウナたちと軍人の補助として働くことで、いったん考えないことにした。
ややあって、雨。
濡れによって、アスファルトの黒い色がはっきりと見え出した。
そういえば、今の季節は梅雨だ。ただ俺は埼玉で降られてから、久々の雨に当たった。
橋の下の状況を見ていた軍人たちが、急に怒鳴り合っている。
時折、ミシミシと橋が軋む音がしている。
おいおい、嫌な予感しかしないぞ。