85.夢を見る
「エリファス……?」
聞いたことがあるようなないような。
シンキングタイムに開始してきっかり三十秒。頭の片隅で埃を被った記憶が掘り起こされた。
「思い出した! リリアナの幼馴染みで町医者の息子のエリファス!」
雪のような純白の長髪に、深みのある柘榴色の瞳。
使える回数こそ限られているものの、あらゆる傷や病を癒す治癒魔法の使い手。
どんな時も、リリアナの絶対的な味方でいてくれるお兄さん的な存在。
ファンからは『報われないイケメン』なる不名誉な称号を与えられていた。
何が報われないかって? そんなもん一つに決まってるじゃない。
「うん、リリアナに淡い想いを抱きながらも、最後まで本心を口にすることがなかった男。それがエリファス・グレーンだったね」
「そうそう! 他のキャラやプレイヤーから見たらバレバレなのに、何か知らないけど本人だけには気づかれないやつ!」
蘇ってくるわ、あのじれったさ。
洞察力に優れているはずのリリアナが、エリファスに対しては驚くほど察しが悪いだもん。
そのせいで、エリファス推しからは「幼馴染みの好意を利用してるクソ女」扱いされてたのよね。私もあの辺りは一切擁護できんわ。
「でも、幻想の導き手ってそんなかっこいい呼ばれ方してたっけ?」
「君たちのゲームの中ではね。リリアナが精霊界に帰った後、現実世界の彼はある研究に没頭していたんだよ」
「ある研究?」
「精霊界に渡る方法。その理由は何となく分かるよね」
「……リリアナに会うため」
私の答えに、館長は満足そうに頷いた。
あれだけ激重感情を見せつけられたら、誰だってピンと来るわよ。リリアナは面倒見のいいお兄さんとしか思ってなかったけど!
「それで……エリファスはリリアナに会うことができたの?」
「結論から言うと無理だったよ。精霊界は常に高濃度の魔力が渦巻いてる場所だからね。生身の人間が踏み込んだら一瞬で肉体が崩れ落ちるし、運良く耐えても精神がもたない」
「やっぱり……」
「齢八十二歳の時、三十九名の弟子とともに精霊界に到達したんだけどね」
「あ、研究自体は成功したんだ」
「それと引き換えに四肢が腐り落ち、正気を失った」
「…………」
一瞬、想像してしまって背中がひんやりと冷たくなった。
「三十六名の弟子を亡くし、自らも瀕死になりながら生還したエリファスは、それでも陛下との再会を諦めなかった。もはや、執着と言っていいかも。そして思考を巡らせ続け、一つの答えに辿り着くんだ。自分が精霊界に行くんじゃない。彼女をこちらの世界に引き戻せばいいんだ、と」
「引き戻す……?」
「もちろん精霊の中でも特に強い力を持つ陛下に人間が干渉するのは、ほぼ不可能のはずだ。だけどエリファスは……」
そこで館長の言葉がピタッと止まったかと思ったら、突然ぶるぶると震え出した。
「どうしたの館長! 発作!?」
「ううん、そろそろ爆発の時間がきたみたいだね。危ないから離れてて」
「ヒィッ」
もうすぐバスが来るみたいなノリで言わないでくれる!?
小規模と言っていたが、爆発することに変わりはない。私はラヴォント殿下と写し狐を守るように抱き締めた。
「新しい肉体に馴染むのに結構時間がかかるからね。当分こっちには来れないだろうから、最後に伝えておくよ」
激しくバイブレーションしながら、館長が私を真っ直ぐ見据える。
「女王陛下が娘をよろしくだってさ」
「え?」
その言葉の意味を咀嚼しようとするより先に、館長の体が強い光を帯びる。そして、パチンッと風船が割れるような音を立てて弾け飛んだ。
何か一瞬、グロテスクなものを目撃してしまった気がしたけど、地面に肉片らしき物体は転がっていない。今のは幻ってことにしようと思う。
「驚かせてすまんな、ナイトレイ伯爵夫人。館長はいつも爆散して精霊界に帰るのだ」
「だから、あんな慣れた様子で散っていきましたのね……」
だけど、館長のおかげで多くの事実を知ることができた。
リリアナが精霊界の王女であること。
マジラブが彼女の思い出を元に作られたこと。
今私たちがいるエクラタン王国は、千年前のエクラタン王国を再現したものであること。
そしてその創造主がエリファスであること。
「……そろそろ日が暮れる頃だ。城に戻るとしよう」
私の腕から抜け出すと、ラヴォント殿下は水晶の中で眠るリラ殿下へ駆け寄った。
「また会いに来る。待っていてくれ、母上」
再会を誓う声には悲しい響きがあった。何とか生きているとはいえ、やっぱりつらいよね。写し狐も私の足元で切なそうにラヴォント殿下の後ろ姿を見ている。
「……殿下、一つお願いしてもよろしいでしょうか」
きっと館長がわざわざ姿を現して色々なことを教えてくれたのは、多分私にこうすることを望んでいたからだと思う。
「どうか、私に殿下のお手伝いをさせてください」
このままラヴォント殿下を放っておけないもの。一日でも早くお母さんを助けてあげないと。
……それに、エリファスのことも気になる。あの男がリリアナとの再会のために何をしようとしているのか、知らなくちゃいけない。
ゲームという架空の世界を通じて、彼を見てきた私にはの真の動機と、この世界の運命を突き止める責任があるように思えるのだ。
「……伯爵夫人、そなたの申し出を心から感謝する。ありがとう」
泣き笑いのような顔で、ラヴォント殿下は目元を強く擦る。私たちはしんみりした空気の中、踵を返そうと背後を振り返った。
気のせいだろうか。少し離れた先に誰かが立っている。
水晶の光で薄ぼんやりと照らされた赤い服。短く切り揃えられたアッシュブロンド。
何かうちの義姉に似てるような……。
「ククク……話はすべて聞かせてもらった。まさか本物のリラがこのようなことになっていたとはな」
ほ、ほ、本人だぁ────っ!!




