84.三つの世界
「……もっと分かりやすく説明してくださる?」
「えぇ〜……今のすんごい分かりやすかったと思うんだけどな。そんなに難しい単語も使ってなかったし……」
「やめてよ、そんな『こいつマジで?』みたいな目で見るの! 私だって突然のカミングアウトに思考がついていけてないんだってば!」
「まあ、いいや。まずはこの次元には三つの世界があるんだ」
杖の先で石の地面をガリガリと削って、三つの丸を描く館長。
流石は精霊界の重鎮。その外見からは想像できないほどの膂力の持ち主だ。
「こっちが今僕たちがいる世界で」
右端の丸をこつんと叩き、
「こっちは君がかつて生きていた世界」
左端の丸をトントンと叩く。
「そして、この狭間に存在しているのが精霊界。僕たち精霊が暮らす世界であり、二つの世界を繋ぐトンネル的な役割を果たしているよ」
そして、館長は杖の先端を真ん中の円の中央に突き立てた。
「基本的に僕たちは、人間に干渉することがなくてね。大半の精霊は精霊界でのんびり暮らしてるよ」
「そういえば、そういう掟があるって言ってたわね。確か破ると爆発するって……」
話しているうちに、ふと一つの懸念が頭に浮かんだ。
「え……あなた、突然現れてマジラブの内情ペラペラ喋り始めたけど大丈夫なの? 爆散したりしない?」
こうして話してる最中に四肢が飛び散ったら、多分泣く。
「小規模で君たちに被害は出ないから大丈夫」
「小規模って何? 威力が!?」
「精霊界に戻れば、肉体のスペアもたくさんあるし」
「こういう時って何か抜け道があるパターンが多いけど、普通に爆発するのね……」
サラッと自爆予告されるの嫌すぎるんだが?
私がドン引きしている間にも、喋る時限爆弾と化した館長は説明を続ける。
「ただし、精霊は好奇心旺盛なお調子者が多いからね。人間の暮らしを観察したり驚かせたりするために、人間の世界に凸る精霊も多いよ。こっちの世界だけじゃなくて、君がいた世界もなんだけど……例えば空飛ぶ馬とか皿を数える女の幽霊とか、ああいうのも精霊の仕業」
番町皿屋敷か……ッ!!
「で、人間好きの精霊は、人間界の色んな物体と同化して君たちに手を貸している。それが所謂精霊具。自らの存在を人間界の物体に溶け込ませることで、掟によるペナルティを回避してるというわけ」
「確かに今まで私が出会った精霊具たちは、みんな友好的だったわ。ぐーすか寝てる鏡もあったけど……」
「そういうのとは別に、精霊が保有している記憶が二つの世界に流れ出す時もあるよ。僕たちは本来、肉体のないエネルギー体みたいなものだから。たまに、その一部と一緒に精霊界を抜け出しちゃう。そして、人間の思考と一時的に同化するってわけ」
「な、なるほど……?」
なんとなーく話が読めてきた。つまりマジラブは……
「君が遊んでたゲームのシナリオは、女王陛下の記憶を得た人間が作ったもの。強大な魔法に振り回されながらも、大切な友人たちとの温かい交流から生まれた想いをヒントに、彼らとの恋の物語を描きたかったんじゃない?」
「完全なフィクションじゃなくて、史実ジャンルみたいなもの……ってこと?」
「そういうこと」
「あぁ〜〜〜〜……」
私、史実ジャンルには沼らないタイプなのよね。何かこう……その人たちに対する罪悪感みたいなものが湧いてきちゃって。
ゲームをコンプリートするだけに飽き足らず、二次創作サイトまで巡回して……ハァッ!!
さっきから空気と化してるけど、ラヴォント殿下がいるのを忘れてた!
突然マジラブとかゲームとか謎ワードをポンポン出されて混乱しているんじゃ……と思いきや、平然とした様子で館長の話に耳を傾けている。
私と目が合うと、気まずそうに顔を逸らした。Why?
「すまない、ナイトレイ伯爵夫人。実は以前からそなたの正体や向こうの世界については、館長から教えられていたのだ」
ご存じでしたか……!
そんな素振り一度たりとも見せたことがなかったから、全っ然気付かなかった。
相手に本心を悟らせない立ち回り。やっぱり王の器……
「ねえ、館長。マジラブは千年前の出来事をモデルにしてるのよね?」
「そうだね」
「それなら……今、私たちがいるエクラタン王国は何なの? 顔も名前もそっくりな人たちが時を超えてここに存在するなんて、偶然で済むレベルじゃない。こんなのまるで……」
「誰かが意図的に作り上げた国、と言いたいのかな?」
館長の問いかけに無言で頷く。
背中に冷たいものが這い上がり、足が小刻みに震える。純粋に怖いと思った。
「その通りだよ、アンゼリカ。君の推測は正しい。完全ではないにせよ、このエクラタン王国はある人物が千年前に存在したエクラタンを模して作り上げた、再現された国だ」
「ある人物……?」
館長は一拍置いてから、その名を口にした。
「幻想の導き手エリファス」




