83.館長
皆さんは覚えていらっしゃるだろうか、この人のことを。
見た目はただのワンカップ老人。しかし、その正体は国立図書館に宿りし精霊であり、私に通行証をくれた親切なおじいさんなのだ。
「館長!」
ラヴォント殿下が大きく目を見開いた。ん? 館長と呼んだということは……
「殿下、こちらの方がどなたなのかご存じですの?」
「こちらの妃様をこの世に繋ぎ止めたのは、僕だからね」
これには館長が顎髭を撫でながら答えた。
新しい情報が次から次へと入ってきて、私の脳内メモリがそろそろ限界を迎えそう。
「いや、正確に言えば助けたのは時空伯爵かな。この結晶を作ったのは彼だからね。僕はそれをここまで運んできただけ」
館長はこつん、と結晶を軽く叩いた。
時空伯爵……思い出した。前世で事故ってあの世行きだった私の魂を、こっちの世界に運んでくれた……人? 精霊?
「でも、あなたは図書館の精霊よね? そんなに簡単に抜け出せるものなの?」
「僕はあくまで管理者であって、精霊として宿っているわけではないんだ。警備の仕事も部下たちに任せているしね。人間側が勘違いしているだけだよ」
「また情報が追加された……」
「情報?」
「ごめんなさい、こっちの話。それじゃあ、あなたは野良精霊ってこと?」
私が何気なく尋ねると、ラヴォント殿下と写し狐がぐるんっとこっちを振り向いた。
「は、伯爵夫人、何ということを……」
「ニュアンスとしては間違ってないけど……」
信じられないといった顔で小刻みに震えている。
えっ。このおじいさん、そんなに大物なの?
「この御方はエイボン様。精霊界を統べる女王リリアナの腹心であられるのだ」
「はいっ!?」
館長の本名中々イカしてるじゃんと思ってたら、とんでもない事実が明らかになった。
リリアナって、あのリリアナよね? 攻略キャラはもちろん、脇役まで登場してるのに何故か主人公だけ見当たらないと思っていたら、まさかの女王陛下。流石に予想できんて!
そこまで考えたところで、ふと大きな疑問にぶち当たる。
……今、私がいる世界ってマジラブ本編前の時間軸よね?
ネージュたちは子供で、レグリス殿下もまだ王太子のまま。ナイトレイ伯爵家も滅亡していない。普通に考えれば、リリアナも当然幼い姿でいるはずだ。
なのに、彼女だけがイレギュラーな形で存在している。
そもそも、ここは本当にマジラブの世界なの?
今までの前提がすべて瓦解していくような、漠然とした不安が立ち込めてくる。
「ここは君の知ってる世界だよ」
館長が私の混乱を見透かしたように告げる。その言葉にほっとしたのも束の間、
「だけど、君が知ってる時間じゃない」
「え、ええ。多分、十年くらい前の……」
「前じゃなくて後だよ。百年、五百年、もっとその先にある世界」
神妙な面持ちで、館長がポエムみたいなことを言い出した。
その口振りに、一つの可能性が脳裏をちらつく。そんなはずはないと、心の中の私が首を横に振っているが、そうとしか考えられない。
館長の言葉はポエムじゃなくて、文字通りの意味なのだ。
「『まじっく・とぅー・らぶ』だっけ? それは、今から千年前に存在していたエクラタン王国を舞台とした物語でね。そのベースとなっているのは、女王陛下がまだ人間だった時代に交流した人々との間に築いた記憶なんだよ」
予想だにしていなかった事実を突きつけられる。
リラ殿下の秘密を聞くために訪れたはずなのに、私はいつの間にかこの世界の一番深い部分に触れようとしていた。




