79.霊峰エスキス
霊峰エスキスは、マジラブの物語において最重要スポットの一つだ。
あのゲームには数あるエンディングのうち、特定のキャラクターと結ばれる恋愛エンドでも、破滅的なバッドエンドでもない隠された結末が存在している。
通称・精霊界エンド。
主人公リリアナは平民にも拘わらず何故か魔法が使える上に、その強大な力に振り回されてきた。が、そんな彼女がなんとなんと精霊界の王女であることが判明するのだ。
普通の人間として生きていけないと、精霊界の使者から告げられたリリアナはこの世界から去ることを決意。親しい友人たちとたくさんの思い出を作り、故郷へと帰る涙ちょちょ切れエンドである。
かく言う私も、ティッシュなしではプレイすることが出来なかった。
あのエンドの時だけ主人公のキャラソンが流れるんだけど、またいい曲なんだなこれが。
……って感傷に浸ってる場合じゃないわ。
本物のリラ殿下に会うことになったんだけど、そのためには霊峰エスキスまで行かなきゃいけない。
だが、エクラタンの聖地とされている山の麓には常に見張りの兵が配置されており、王族であっても許可なく入ることは固く禁じられている。
それなら、一体どうやって中に入ればいいのか。
妙案が思いつかず首を傾げる私に、ラヴォント殿下は実にいい笑顔でこう言い放った。
『空から飛んで行けばいいだけの話だ!』
『……!?』
というわけで、現在私はラヴォント殿下に必死にしがみつき、空中を猛スピードで移動している真っ最中です。
命綱? そんなものはない。
「ひょわぁぁぁぁ……」
「しっかりと掴まっているのだぞ、ナイトレイ伯爵夫人。手を放したら死んでしまうからな」
サラッと恐ろしいことを言うんだもんな、この王子。
マズい。少しでも下を見ようものなら、間違いなく意識が飛ぶ。ネージュとララを留守番させた私の判断は正しかったわ。
そういえば、さっきから写し狐がやけに静かだ。恐怖の空中ドライブが始まってから、一言も発していないような。
「ぁ……ぁぁ……」
ラヴォント殿下の頭にしがみついたまま、恐怖のあまり白目を剥いていた。
助けてあげたいのは山々だけど、私も自分のことで精一杯だ。ごめん許して。
山の入り口を見張っている兵士たちの姿が見える。まさか空から侵入者が来るなど想像もしていないだろう。
誰にも気づかれることなく、私たちは聖域の深き山中に降り立った。昼間だというのに薄暗く、周りは鬱蒼とした木々の匂いと湿気で満ちている。
「よかった、生きてる……私たち生きてる!」
「怖かったよぉ〜!」
祝生還。私と写し狐は互いに無事を喜び合った。
「この山には空から入るのが常套手段になりつつあるんだけど、毎回生きた心地がしなくて……」
写し狐が溜め息混じりに言う。あれ、何か出発前より老けてない?
というより、如何に王子様と言えども聖地に不法侵入するのはやっぱりまずいのでは。
「二人とも、こっちだ!」
私の不安をよそに、ラヴォント殿下はぽっかりと大口を開けた洞窟へと進んでいく。
私たちも慌ててその後を追いかける。
真っ暗闇で何も見えないんじゃ……と思いきや、洞窟の天井や壁にはぼんやりと青く光る石が埋め込まれ、その光が内部を淡く照らし出していた。南米の秘境感がある。
青い光に導かれるように奥へ進むと、やがて大きく開けた場所へと辿り着いた。
「あっ……!」
一際大きな青水晶が視界に飛び込み、私は大きく息を呑む。
その中には、穏やかな表情を浮かべたリラ殿下が眠っていた。




