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あなた方の元に戻るつもりはございません!【書籍化】  作者: 火野村志紀


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77.写し狐

 茶会の参加者たちには詳しい説明を受けることなく、帰宅するようにと伝えられた。

 兵士たちが巡回する中、庭園に魔物が現れたと知れたら王家の威信に関わるためだろう。まあ、実際は何も起きていないのだけど。

 ママさんたちが釈然としない様子で帰路につく一方、私は緊張した足取りでラヴォント殿下とともに廊下を進んでいた。空飛ぶフライパンに乗ったララが、その後に続く。


「ここが私の部屋だ。さあ、中に入ってくれ」


 他の部屋に比べて豪奢な造りをした扉の前で、ラヴォント殿下は足を止めた。

「大事な話があるから」と見張りの兵にしばらくこの場を離れるように命じてから、扉をゆっくりと押し開く

 さぞやゴージャスな空間が広がっているだろうと思いきや、室内は落ち着いた色調で統一されており、豪華さよりも機能性を重視したレイアウトになっていた。王子様のお部屋というより、堅物騎士の一室といった雰囲気を感じさせる。


「よし、もう出てきていいぞ」


 ラヴォントは抱きかかえていたシーツお化けをそっと床に下ろした。


「ぷはぁっ」


 まるで石像のように微動だにしなかった中身がそろそろと動き出し、小さな顔をひょっこりと覗かせる。


「ごめんね、ラヴォント。突然の火柱にびっくりして会場から逃げちゃった」

「そなたは何も悪くないぞ。普通、茶会の最中に文字通り火を見ることなどないからな」


 耳を垂らして落ち込む黒狐に、ラヴォント殿下が優しく慰めの言葉をかける。

 騒ぎの当事者の親族として耳が痛いわ。

 それはさておき、二人(?)のやり取りから私はある出来事を思い出した。

 この黒狐ってもしかして……。


「きつねさーんっ!」


 私の腕から抜け出したネージュが満面の笑みで黒狐に抱き着き、もふもふの毛並みに頬擦りをしている。

 この子も覚えているってことは、間違いないわ。


「あなた、以前城の中に迷い込んだ子よね?」

「はい。その節はお世話になりました」


 ネージュに抱き着かれたまま、黒狐は礼儀正しくお辞儀をした。


「まずはこの者について説明しよう。こやつは『写し狐』と呼ばれる神獣で、その名の示す通りあらゆる姿に変身する力を持っているのだ」


 このドンクサ狐が神獣とな?

 いまいち信じることができず、つい半信半疑の眼差しを向けてしまう。

 私の疑心を察したのか、写し狐とやらは「ちょっと待っててね」とネージュを一旦離れさせた。


「ぽんぽこりん」


 狐にあるまじき呪文を唱えながら、ぴょいんと軽やかな宙返りを披露する。

 直後、写し狐の小さな体が白い煙に包まれ、たちどころに人間の輪郭へ姿を変えていく。煙が晴れて漆黒のドレスがふわりと広がった。


「きつねさんが、おーたいしひさまになっちゃった!」

「チュー!」


 ネージュとララが興奮で声を弾ませ、リラ王太子妃に変身した写し狐を食い入るように見つめる。魔法少女に憧れている女児と同じ目だわ。

 だけど再び煙が立ち込めて、写し狐はすぐに元の姿に戻ってしまった。


「この力は体力の消耗が激しく、神獣と言えども長時間は使えないそうなのだ」

「今日はもう限界」


 ラヴォント殿下の傍らで、ぺたんと座り込む写し狐。

 多分これって変化魔法みたいなものよね。


「それじゃあ、普段からリラ殿下として過ごしているってこと?」

「うん。でも、つい気を抜くと変身が解けちゃうんだよね。あの時も庭園を散歩してる途中に、欠伸をしたらこの姿に戻っちゃって……」


 あ、あぶねぇ。

 この口振りだとわりと頻繁にやらかしてそうなんだけど、よく今まで無事でいられたわね。

 いっそ外出せず、閉じこもっていた方が……いや、それだとかえって不審がられるか。

 さて、黒い狐の正体が分かったところで、本題はここから。


「ラヴォント殿下、本物のリラ殿下は今どちらにいらっしゃいますの?」

「…………」


 幼い顔に一瞬翳りが差すのを見て、一つの予感が脳裏をよぎった。

 まさか、本物のリラ殿下はもう──。


「待って待って、ちゃんと生きてるから! 勝手に殺さないでよ!」


 静かに心を痛めていた私に、写し狐が慌てて叫んだ。存命しとるんかい。


「そうだな。どんな状態であれ、生きていることに変わりはない」


 安心しかけたところで、ラヴォント殿下は不穏な発言を投下した。


「夫人、そなたを母上に会わせようと思う。ある場所について来てもらえぬか?」


 これ以上は踏み込んだら戻れなくなる。

 そんな確信にほんの少し不安を覚えるけれど、彼女の身に何が起きているのか知りたい。

 ううん、知らなくちゃいけないことだと思う。はっきりとした理由は分からないけれど、私の本能がそう告げていた。


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