76.事実改変
リラ王太子妃が実は狐でしたなんて裏設定ありましたっけ!?
それとも私がど忘れしてるだけ!?
衝撃が強すぎて思考が追い付かない……ッ!
というか、カトリーヌはこの事実を知っていたのだろうか。混乱しながらも、私は反射的に義姉の方へと振り向いた。
「ネムリーヌッ!!」
「お義姉様!!」
謎の奇声を上げて、その場にぶっ倒れるカトリーヌ。
そういえば、大の動物嫌いだったわ。さっき、ララがやって来た時も、一瞬顔が強張っていたなと思い出す。
不意打ちを食らって精神が耐え切れなかった模様。
「先ほどからこちらから叫び声が聞こえるぞ!」
「急げ!」
騒ぎを聞きつけた兵士たちの声が近付いてくる。
えっ、私がこの状況を説明しなくちゃいけない感じ? まったく事態を呑み込めていないのに!?
ネージュを抱きかかえて呆然としていると、上空から爽やかな風が吹いてきた。
はっと見上げた先には、ラヴォント殿下の姿があった。空からリラ殿下を捜していたのだろう。
こちらに向かって、一直線に降下してくる。
そして、その手に持っていた真っ白なシーツで黒い狐をすっぽりと覆い隠した。布の下から「わぷっ」とくぐもった声がしたが、それに構わず素早く抱き上げる。
その間、僅か数秒足らず。
うごうごと蠢く白い塊を抱えたまま、ラヴォント殿下が勢いよく私の方を振り向いた。
「そなた……見てしまったか?」
主語が抜けていたけれど、何のことか聞かなくとも分かる。
「大変残念なお知らせですが、この目でばっちり見てしまいましたわ……!」
私が沈痛な面持ちで答えたと同時に、兵士たちがぞろぞろと集まってきた。
「ラヴォント殿下! それと……プレアディス公爵!? いったい何があったのですか!?」
そんなの私が聞きたいわ!
「実は先ほど庭園に魔物が迷い込んだらしくてな。それを察知した母上は皆の安全を守るために、自ら囮となって会場を離れたそうだ」
私が返答に窮していると、ラヴォント殿下がすごい嘘を吐き始めた。
「な、それは本当でございますか!?」
「ああ。間一髪のところでプレアディス公爵が駆けつけ、魔物は焼き払ったらしい。しかしその際に反撃を受けて意識を失ってしまったとのことだ。そうであったな、ナイトレイ伯爵夫人?」
しかも、私を共犯者に仕立てあげようとしている。兵士たちが一斉に私を見た。
「で……殿下の仰る通りですわ。2メートルをゆうに超える巨体に、三つの目が爛々と光る悍ましい魔物でした。もしカトリーヌ様がいなかったらと思うと……考えるだけで、震えが止まりませんわ」
目を伏せ、怯えているかのように声を震わせる。
カス程度の演技力しかない私には、これが限界だった。
「まさか、そのような事態が起こっていたとは……」
「あの炎熱公爵に傷を負わせたとなると、よほどの手練れだったのだろう。我々がもっと早く駆けつけていれば……くっ!」
兵士たちは私の三文芝居を完全に信じ切っていた。事実とは、こうして捻じ曲げられていくのかもしれない。
「し、しかし、リラ殿下は今どちらへ……?」
「どこも怪我をしていない様子だったので、私が部屋まで送り届けた」
「え? さっきのきつねさんがリラおーたい……もがっ」
私は晴れやかな笑顔で、素早くネージュの口を塞いだ。
「お前たちも持ち場に戻ってもよいぞ。余計な心配をかけたくないと母上も仰っていたから、父上への報告も不要だ。プレアディス公爵のことだけ頼む」
「はっ!」
ラヴォント殿下が淀みない口振りで指示を出すと、彼らはカトリーヌを抱えてその場から離れていった
。
よし、私たちも部屋に戻りますか。さっき変なものを見ちゃったけれど、ひと眠りすればすぐに忘れるでしょ。
「ナイトレイ伯爵夫人」
そそくさと立ち去ろうとしたところで、ラヴォント殿下に呼び止められた。
「そなたには説明しなければならないな……母上の秘密を」
かつてないほどシリアスな声で告げられる。
「何かヤバそうな予感がするので結構です」だなんて、言える雰囲気じゃなかった。
……というか、私何か忘れてない?




