71.人選ミス
さて、一見「お前マジかよ」と正気を疑われそうな人選にはれっきとした理由がある。
決して、他に声をかける人がいなかったから、仕方なく頼んだわけではないのだ。
ぶっちゃけ、リラ王太子妃with取り巻きに対抗出来そうな女傑なんて、うちの義姉ぐらいしか思いつかなかったのだ。
バケモンにはバケモンをぶつけんだよ理論である。本人には絶対に言えないけど。
「まあ、プレアディス公爵様がこちらに?」
一人の参加者が作り笑いを浮かべて話しかけてきた。
他のご婦人方の目にも恐怖の色がはっきりと浮かんでおり、張り詰めた空気が漂っている。
「ごきげんよう、皆様。お恥ずかしながら、このようなお茶会に出るのは、私今日が初めてでして。一人では心細くて義姉のカトリーヌを付き添いとしてお連れしましたの。どうぞよろしくお願い申し上げますわ」
淀みのない口調で挨拶するついでに、カトリーヌの紹介もしておく。
社交界は舐められたら終わりだ。サバンナが如き弱肉強食の世界で私たちは生きている。
「ククク……本日はせいぜい、私を愉しませてくれることを期待しよう」
「ヒエ……」
カトリーヌの不穏な第一声に、悲鳴を漏らしたのは私だった。
藁にも縋る思いでお願いしちゃったけど、もしかして滅茶苦茶怒ってます?
さっきからカトリーヌの周りだけ異常に暑いのよ。夏真っ盛りってくらい暑い。こんな中でアッツアツの紅茶なんて飲むのか……。
すみません、参加者の皆さん。人選をミスりました。
「あらあら、困るわねぇアンゼリカ様。お義姉様を連れてくるなら、ちゃんと言ってくださらないと」
リラ王太子妃がわざとらしく溜め息をつく。いやでも、素直に申告したところで許してくれるか分からなかったし。
すると、ここでラヴォントが助け舟を出航させた。
「まあ、よいではないか母上。大勢で飲む茶はいつもより美味しく感じられるものだ」
「そうねぇ……今回は、私の可愛いラヴォントに免じて許してあげるわ。カトリーヌ様に席をご用意して差し上げて」
息子の言葉に不安を引っ込めると、リラは背後に控えている侍女に指示を出した。
いくつか不安要素はあるけれど、第一関門クリア。
「みなさま、はじめまして。ナイトレイはくしゃくけのネージュともうします!」
ネージュも早速ご挨拶。少し緊張しながらも、恭しいカーテシーを披露する。
「わたしはメリッサですわ!」
「ナンシーともうします。ほんじつはよろしくおねがいしますわ」
「エリザベートでございますわ。どうぞ、おみしりおきくださいませ」
参加者の子供たちも丁寧に自己紹介をする。ネージュと大して歳が変わらないのに、ばっちりメイクをキメた女の子たちが多い。
もしや、このお茶会って子供たちの婚活も兼ねているとか?
男の子たちも式典で着るような礼服を身につけていて、並々ならぬ気合いが伝わってくる。
が、ラヴォントが放つ圧倒的な高貴さの前では、残念ながら霞んで見える。
なんて、王子様オーラに惚れ惚れとしている場合じゃないわ。
この集まりが本当に合コンだとしたら、私のマイスイート大天使ネージュが危ない。
高位貴族は一桁の年齢から婚約者探しをするって聞いたことがあるけれど、流石に四歳は早すぎるもの。シラーが知ったら、多分泡吹くと思う。
「あ、あの……っ」
と思ったら、早速茶髪の男の子が目を輝かせながら話しかけてきた。ダメダメ! うちの娘はまだやらん!
「ぼく、ずっとあなたにあこがれてて……」
えっ、ネージュって社交界のアイドル的存在になってたの?
「おめにかかれてこうえいです、プレアディスこうしゃく!」
……ん?
私たち大人が目を丸くする中、縦ロールに巻かれた金髪の女の子もカトリーヌに熱い眼差しを向ける。ええと、確かメリッサだっけ?
「わたくしも……! カトリーヌおねえさまにおあいできるなんて、ゆめみたい!」
胸の前で両手を組んでうっとりと瞳を潤ませる姿は、まさに恋する乙女そのもの。
カトリーヌさん、あなた幼い女児のいけない扉を開いてますわよ?




