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あなた方の元に戻るつもりはございません!【書籍化】  作者: 火野村志紀


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70.人心(モブ視点)

 王家が主催する茶会。

 それは貴族の女性たちにとって、今後を大きく左右する一大イベントといっても過言ではない。

 社交界での地位を向上させるチャンスであると同時に、すべてを失う危険も孕んでいる。

 高位貴族の夫人や令嬢であっても、王家の怒りを買ったことで破滅に追い込まれた話はそう珍しくない。過去には、茶会での失態を悔やんで自ら命を絶った女性もいる。


 だが王家に上手く取り入り、茶会の常連というポジションを手に入れることができれば、その後の人生は約束されたようなもの。

 昇爵されることも決して夢ではない。

 そして、その夢を掴むために貴族女性たちは、水面下で熾烈な戦いを繰り広げているのだ。


(今度の茶会には、ナイトレイ伯爵夫人も出席するですって?)


 王家から届いた手紙に目を通し、ジョセフィーヌは形のよい眉を寄せた。

 その様子を見ていた彼女の娘が、不思議そうに首を傾げる。


「おかあさま、どうしたの?」

「何でもないわ、メリッサ。そろそろ、おやつにしましょうか」

「はーい!」


 元気よく返事をする娘は、見ているだけで癒やされる。が、腹の底で渦巻く怒りを消し去ることはできなかった。


(今回に限って、あの女も来るなんて……間違いない。自分の娘を王子に売り込むつもりなんだわ!)


 ジョセフィーヌがそう確信しているのは、彼女自身が同じような企みを抱いているからだった。

 今回の茶会には、各家の子供たちも参加することになっている。

 当然、リラ王太子妃の息子であるラヴォントも姿を見せるだろう。


(王子にはまだ婚約者がいらっしゃらないわ。何としてでも、私の可愛いメリッサにその座を勝ち取らせるのよ……!)


 そんな野心を抱いているのは、恐らくジョセフィーヌだけではない。

 そのために娘のドレスを新調したり、ラヴォントが好みそうな話題をリサーチしたりと、各自準備を進めてきたというのに、新たなライバルが増えてしまった。

 アンゼリカ・ナイトレイ。

 この国で彼女の名を知らぬ者はいないだろう。

 何せ、悪食伯爵と悪評高いシラー・ナイトレイの再婚相手なのだから。


(以前は、あのマティス伯爵のバカ息子と付き合っていたらしいけど)


 冤罪を着せられた上に、家族からも容赦なく切り捨てられたそうだ。

 ジョセフィーヌは同じ女性として、アンゼリカを心の底から哀れんだ。

 しかし同情して損したと、ジョセフィーヌが手の平を返すのは早かった。

 悪食伯爵の正体は、泣き黒子がチャームポイントの美丈夫だったのだ。

 義理の娘も、愛くるしい顔立ちの美少女。

 さらに国王陛下とも親交が深いとくれば、羨ましいを通り越して妬ましく思えてくる。


(何もかも手に入れるなんてずるいわ。せめて王子の義両親という立場くらい、私に譲るべきでしょう?)


 どんな手段を使ってでも、愛する娘を王子に見初めさせる。そのためなら、人の心など躊躇いなく捨てても構わない。

 ジョセフィーヌはくらい瞳で、手紙をくしゃりと握り潰した。



 そして迎えた茶会当日。

 会場となる王宮の庭園には、ひりついた空気が漂っていた。戦地に赴く兵士のような顔つきの母親に、子供たちが戸惑いの表情を浮かべている。

 茶会の主催者であるリラと、ナイトレイ母子はまだ到着していない。


(人の心を捨てるのよ、ジョセフィーヌ)


 心の中でそう唱え続けるジョセフィーヌの右手には、小さな小瓶が握り締められている。

 その中身は、アンゼリカを陥れるために調合した毒だ。ほんの一滴でも口に含めば、まず助からないだろう。屋敷に棲みついていたネズミで試したところ、爆速で泡を吹いて絶命した。


(人の心ナッシング……)


 僅かに残った恐怖心や罪悪感を打ち消すように、幾度も自分にそう言い聞かせる。

 緊張しているせいか、先ほどから全身から汗が止まらない。


 というより、普通に暑い。


(お、おかしいわね。屋敷を出る時は少し涼しいくらいに思っていたのに、真夏並みの気温になってない?)


 見れば、他の夫人たちもハンカチで自分や我が子の汗を拭っている。

 唯一、ジョセフィーヌの娘だけがけろりとした表情でテーブルの上のお菓子を眺めていた。


「メリッサ……あなた、暑くないの?」

「うん?」


 不思議そうに首を傾げるメリッサに、ジョセフィーヌの戸惑いは深まっていく。我が子は火魔法を得意とするため、熱に耐性があるのだと判明するのは後のことだった。


「皆様ーっ! 遅れてしまって申し訳ありませんわっ!」


 その時、どこからか慌てたような声が聞こえてきた。一同が声のする方向に目を向けると、小さな少女を抱きかかえた女がこちらへと走ってくるところだった。


(銀髪に緑色の瞳……あれがアンゼリカね!)


 ようやく現れた強敵に、ジョセフィーヌはごくりと息を呑んだ。

 ……のだが。


(後ろにもう一人誰かいる……?)


 短く切り揃えられたアッシュブロンドに、猛禽類が如き鋭い眼光を放つルビーレッドの双眸。

 左頬に刻まされた大きな火傷の痕。

 そして、熱気となって全身からほとばしる凄まじい魔力。


 泣く子も黙るどころか、大の男ですら恐れる炎熱公爵。

 彼女の名は──カトリーヌ・プレアディス。

 シラーの実姉であり、つまりアンゼリカの義姉にあたる大物である。


(こ、殺される……アンゼリカに手を出したら、焼き殺される……!!)


 この瞬間、ジョセフィーヌは人の心を取り戻した。


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外向きにはたのもしーぬなかとりーぬ様♡
カトリーヌ様待ってました! (≧▽≦)
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