69.ぼっち夫人
あの後、リラは「それじゃあ、よろしくね」と笑って部屋から出て行った。
……行きますって、一言も言ってないんだけどな。
だが、この状況で誘いをスルーできるほど、私は強靭なメンタルを持ち合わせてはいない。
「チュ、チュウ、チュチュッ!」
ララがフライパンに乗って、私たちのところに飛んできた。
えーと、なになに……「とりあえずラヴォント殿下に文句を言いに行きましょう」?
最近私も、ハムスター語が何となく分かるようになってきた。慣れって怖い。
よく見ると、ララはお怒りの様子だった。鼻息を荒くしながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「お、落ち着いてララ!」
主思いなのは嬉しいけど、王子様相手に喧嘩腰はよくない。
だけど、ラヴォントには私たちもお茶会に参加することを報告しておかなくちゃ。
というわけで、私は早速ラヴォントに会いに行くことにした。使用人に事情を説明すると、すんなり面会させてもらえた。
「おおっ。久しいな、ナイトレイ伯爵夫人!」
嬉しそうに駆け寄ってくるラヴォント。
同じ王宮の中で暮らしていても、顔を合わせる機会って中々ないものね。
「ラヴォント殿下、お久しぶりでございます。それで早速お話したいことが……」
「む?」
先ほどの出来事をかいつまんで説明すると、ラヴォントの幼い顔はみるみるうちに険しくなっていった。
「私はそんなこと、ひとっことも言っておらん!」
「そうですのっ!?」
ラヴォント殿下、まさかの無実。
「……だが、茶会の話をされた時に『ネージュ以外の子供とまともに話したことがないから、出来れば出席したくない』とは言ったな」
「つまり言ったも同然ということでは?」
前言撤回。
「すまん、ナイトレイ伯爵夫人! まさかこのような事態になるとは思わなかったのだ!」
ラヴォントが申し訳なさそうな顔で頭を下げる。
きっと特に深く考えずに、ネージュの名前を出してしまったのだろう。この王子様は、ちょっと天然なところがあるのだ。
「頭を上げてください、殿下。私たちは全然気にしておりませんわ」
「い、いや、そんな青い顔で言われても説得力がまったくないぞ! 目も死んでいるではないか!」
「……………実は私、これが人生初のお茶会ですの」
真剣な表情でツッコまれ、ついうっかり本音を零してしまった。
ラヴォントが意外そうに目をぱちくりさせる。
「人生初って、友人の茶会にも誘われたことがないのか?」
「いやー……そもそもお友達がいませんのよ……」
この世の最後の希望こと大天使ネージュのおかげで、私は寂しさと無縁の暮らしを送っている。伯爵邸の使用人たちもみんな優しいし。
そのせいで、社交界での人脈作りをサボっちゃってたのよね。
そりゃ茶会の招待状も送られてこないわけだ。
「ですから、正直申し上げて茶会のルールがまったく分かりませんの。何か粗相をやらかして、王太子妃様に細切れにされる未来しか見えませんわ」
「確かにそれはちょっとまずいかも知れぬな……」
ラヴォントも私の細切れ発言を否定しようとせず、腕を組みながら小さく唸っている。
私の命運もついにここで尽きてしまうのか……。
ぼんやりと遠い目をしていると、ラヴォントがこんな提案をしてきた。
「ふむ……だったら、ナイトレイ伯爵も同伴させるのはどうだ?」
「えっ!? 勝手に連れて行ったら、王太子妃様に怒られてしまいますわよ!?」
「そこは私がどうにか説得するから安心しろ!」
「殿下……!」
でも旦那様を茶会に連れて行くのは、流石にちょっと恥ずかしい。
何かこう……一人で歯医者に行くのが怖くて、お母さんについてきてもらうようなアレに似ている。
前世もわりとハードモードだった私に、そんな経験はないのだけれど。
同伴してもらうなら、せめて同性の方がいいわよね。
となると、必然的に人選が限られてくるのだけど……よし、ダメ元で頼んでみましょうか!




