65.取り調べ
おやつの時間を楽しんだ後、私は伯爵一家の取り調べを見に行くことにした。クロードを奴隷商人に売っただけじゃなくて日常的な虐待も判明して、尋問室へ連行されたらしいのよね。
世話役の侍女に案内されて向かうと、シラーがドアの脇で壁に寄りかかって立っていた。
「旦那様!」
「クロード子息は?」
「ネージュとお昼寝中ですわ」
家族に言いたいことをすべてぶちまけ、お腹もいっぱいになって気が抜けてしまったのだろう。うつらうつらと船を漕いでいたから、ネージュと一緒に寝かせてあげた。
「……そうか。よかったよ」
シラーはほんの少し表情を緩めた。
「レイオンたちの様子はどうなっていますの?」
「ん」
シラーが顎で部屋のほうを差す。耳を澄ませ……なくても聞こえてくる、レイオンの叫び声。それを怒鳴りつけるカトリーヌや尋問官の声。カオスな場面が目に浮かぶ。
「伯爵夫妻は概ね罪を認めているが、奴だけはあの調子だ。暫く時間がかかると思う」
「かーっ、元恋人として情けないですわ……」
「……以前から思っていたが、君はあの男のどこに惹かれて付き合っていたんだい?」
解せない表情で問いかけられ、私は気まずさで視線を真横にスライドさせた。
まあ、何というか、そのですね。
「甘い言葉に騙されましたのよ……っ」
「君らしくはあるかもな。詐欺とかにも引っ掛かりそうだし……」
「失礼ですわね。当たっているから否定はしませんけど」
現に時折、私宛てに怪しい手紙が届くことがある。変な団体への勧誘だったり、謎の健康食品の購入を促す内容だったり。たまに「これなんてよさそうじゃない?」とうっかりその気になってしまい、その度に「いけません、奥様!」とララに止められている。
「だけど、クロード様の身元が分かってすっきりしましたわね」
「そうだな。奴らに鉄槌を下すことが出来そうだ」
「旦那様は、そのためにクロード様の家族を見付けようと……?」
シラーは私の質問に頷いて、ドアを睨み付けた。
「あの少年を一目見た時、身なりですぐに貴族の子供だと気付いた。それにレイオンと顔立ちが似ていたからね、ある程度見当はついていたよ。そして殺されたはずのクロード子息が生きていることに、疑問を覚えた」
「そうでしたのね。すぐに仰ってくださればよかったのに」
「確証が持てなかったからね。それにあの様子だと、本人に直接聞いたとしても、素直に答えてくれるとは思えなかった。だから君の力を借りることにしたんだ」
おお……私って結構、信頼されてるのね。それに応えることが出来て何より。
「ふざけんな! 俺はもう腹が減ってんだよ! 屋敷に帰しやがれ!!」
突然尋問室のドアが開いて、レイオンが喚き散らしながら出て来た。
「あ」「あ」
そして、元カレとばっちり目が合っちゃった。シラーの後ろに素早く隠れようとする私を見て、何故かヘラりと笑うレイオン。
「さ、さっきは悪かったよ、アンゼリカ。頭に血が上っちまってさ」
「……私に謝っている暇があったら、さっさとお部屋に戻ったらどうですの?」
「そんな冷たいことを言うなって。俺さぁ、クロードのことで取り調べを受けてんだけど、全部話すまで屋敷には帰さないって言われてんだよ」
「それは大変ですわねー」
「元恋人のよしみで、飯作ってくれよ。そうすりゃ俺も腹が膨れて素直に話す気になるし、それでプレアディス公爵たちも大助かりだし。一石二鳥ってことで……な?」
ほんと、食い意地の張った男だな。私は無言でシラーに視線を向けた。旦那の頭が軽く上下に動いた。
よし、許可が出ましたので心置きなく。
「レイオン様」
「おっ、マジで作ってくれんのか? いやぁ、お前ってほんといいおん……」
「オラァッ!! 少しは反省してくださいましっ!!」
私やクロードを虐げてきた怒りと恨みを込め、奴の頬に渾身のビンタを食らわせる。
「ブベッ!?」
予想外の攻撃に受け身が取れず、真後ろへ倒れ込む元カレ。カトリーヌと尋問官がそれをひょいと回収し、部屋に颯爽と戻っていく。程なくして再び聞こえてくるレイオンの叫び声。
さてと、ネージュたちのところに戻りますか!
だけどこの時私は、ううん私たちは、まさかあんな事件が起こるとは思いもしなかった。




