表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなた方の元に戻るつもりはございません!【書籍化】  作者: 火野村志紀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/87

64.思い出の場所

「はいどうぞ。おやつですよー」


 林檎とベーコンのハニーマスタード炒めが大好きだから、多分林檎自体が好きなのだろう。私は頑張って家族に立ち向かったクロードのために、アップルパイを焼き上げた。

 と言っても、お城の料理人たちとの合作なんだけどね。

 私がフライパンに林檎、砂糖、バター、レモン汁、シナモンを入れてぐつぐつと煮込んでいる間、彼らにはパイ生地を作ってもらっていた。

 パイ生地に林檎の甘煮を載せて包み込み、つや出しのために表面に溶き卵を塗って焼けば、アップルパイの完成!


「いい匂い……」

「おいしそうなの!」


 そわそわした様子で、切り分けられたパイをじーっと見詰めるクロード。その隣の席で、ネージュがキラキラと目を輝かせている。

 ふっふっふ。まだ終わりじゃないわよ。私はパイの横にあるものをそっと添えた。それを見たネージュが「アイチュ!」と叫んだ。

 そう、バニラアイスである。


「アイチュ?」


 クロードがきょとんと首を傾げる。


「うんっ。あまくて、ひんやりなの!」

「あまくて……ひんやり……」


 冷凍庫がないこの世界では、氷菓子なんて貴族でも滅多に口に出来るものではない。我が家には人間冷凍マシーンがいるから、仕事が暇な時にアイスクリーム作りに協力してもらっているけれど。

 そしてこのエクラタン城にも、人間冷凍マシーンが一名。

 リラ王太子妃が料理を食べてくれないと嘆いていた、あの料理長。実はとある侯爵家の出身で、珍しい氷魔法の使い手なのだ。パイを焼いている最中に、わざわざ作ってくれた。何でも、アップルパイとの相性が抜群とのこと。


「んしょ、んしょ」


 子供用のフォークとナイフを使い、器用にパイを切り分けていくネージュ。そこに真っ白なアイスをたっぷり載せて……ぱくり。


「ふわぁぁぁ〜!」


 両手でほっぺを包み込み、歓喜に震えている。その反応を見たクロードも一口食べ、目を大きく見開いた。


「お、美味しい……っ!」


 そんなに美味しいのかしら。私もいざ実食。

 甘酸っぱくてまだ温かいアップルパイに、甘くて冷たいバニラアイスが合わないはずがなかった。パイ生地もサックサクで香ばしくて美味しい。

 これは幸せの味だわ。アップルパイにこんな食べ方があったなんて、お菓子の世界って奥が深い。


「チュ〜」


 生の林檎を齧っているララにも、この美味しさを教えてあげたい。早く元に戻ってくれないかな。


「……クロード様、一つお聞きしてもよろしいですか?」

「あ……あの、様っていらないです……クロードって呼んでください……」


 クロードは少し恥ずかしそうに俯いた。本当にレイオンとは性格が真逆でびっくりする。マジラブでも、少し性悪なお坊ちゃまというキャラだったのに。いったい何があったら、あんな感じに成長しちゃうのかしら。


「分かったわ。その代わり、あなたも敬語を使わずにお話してくれる?」

「は……う、うん。分かった」

「それじゃあ……クロード。マティス騎士団の兵舎のバリケードを作ったのは、あなたよね?」

「……ごめんなさい」

「ううん、謝らないで! すごいなぁって思ったの!」


 この子がクロードだと気付いた時から、何となく察してはいた。ゲームの中でのクロードは、土魔法の使い手だったから。

 だけどまだ子供なのに、そんな大規模な魔法が使えちゃうなんてびっくりだ。レイオンなんて、ファイアーボール的なものを出すくらいしか出来ないもの。弟のほうが兄より魔法の才能があるんじゃないかしら。

 それに、あのバリケードがなかったら子供たちも魔物に襲われていたと思う。


「……守りたかったんだ。みんなのことだけじゃなくて、あの兵舎も」

「兵舎を?」

「思い出の場所だから」


 クロードは、テーブルに視線を落としながら答えた。


「前にあの中を見学させてもらったことがあるんだ。その時はね、兄上もちゃんと僕にごはんをくれたんだよ」


 流石に周囲の目があるから、弟の食事を取り上げなかったのだろう。あの男、外面だけは本当にいいから。


「パンもお料理も温かくて、美味しくて……すごく幸せだった。林檎とベーコンのお料理も、その時に食べたんだ。だから大人になって騎士団に入ったら、毎日ごはんをお腹いっぱい食べるんだってずっと思って……アンゼリカ様?」

「ううん、何でもないわ。気にしないで……っ」


 私は口元を手で押さえ、すんすんと鼻を啜った。

 あそこで働いていてよかったと、改めて実感する。だって、この子に希望を与えることが出来たんだもの。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ