64.思い出の場所
「はいどうぞ。おやつですよー」
林檎とベーコンのハニーマスタード炒めが大好きだから、多分林檎自体が好きなのだろう。私は頑張って家族に立ち向かったクロードのために、アップルパイを焼き上げた。
と言っても、お城の料理人たちとの合作なんだけどね。
私がフライパンに林檎、砂糖、バター、レモン汁、シナモンを入れてぐつぐつと煮込んでいる間、彼らにはパイ生地を作ってもらっていた。
パイ生地に林檎の甘煮を載せて包み込み、つや出しのために表面に溶き卵を塗って焼けば、アップルパイの完成!
「いい匂い……」
「おいしそうなの!」
そわそわした様子で、切り分けられたパイをじーっと見詰めるクロード。その隣の席で、ネージュがキラキラと目を輝かせている。
ふっふっふ。まだ終わりじゃないわよ。私はパイの横にあるものをそっと添えた。それを見たネージュが「アイチュ!」と叫んだ。
そう、バニラアイスである。
「アイチュ?」
クロードがきょとんと首を傾げる。
「うんっ。あまくて、ひんやりなの!」
「あまくて……ひんやり……」
冷凍庫がないこの世界では、氷菓子なんて貴族でも滅多に口に出来るものではない。我が家には人間冷凍マシーンがいるから、仕事が暇な時にアイスクリーム作りに協力してもらっているけれど。
そしてこのエクラタン城にも、人間冷凍マシーンが一名。
リラ王太子妃が料理を食べてくれないと嘆いていた、あの料理長。実はとある侯爵家の出身で、珍しい氷魔法の使い手なのだ。パイを焼いている最中に、わざわざ作ってくれた。何でも、アップルパイとの相性が抜群とのこと。
「んしょ、んしょ」
子供用のフォークとナイフを使い、器用にパイを切り分けていくネージュ。そこに真っ白なアイスをたっぷり載せて……ぱくり。
「ふわぁぁぁ〜!」
両手でほっぺを包み込み、歓喜に震えている。その反応を見たクロードも一口食べ、目を大きく見開いた。
「お、美味しい……っ!」
そんなに美味しいのかしら。私もいざ実食。
甘酸っぱくてまだ温かいアップルパイに、甘くて冷たいバニラアイスが合わないはずがなかった。パイ生地もサックサクで香ばしくて美味しい。
これは幸せの味だわ。アップルパイにこんな食べ方があったなんて、お菓子の世界って奥が深い。
「チュ〜」
生の林檎を齧っているララにも、この美味しさを教えてあげたい。早く元に戻ってくれないかな。
「……クロード様、一つお聞きしてもよろしいですか?」
「あ……あの、様っていらないです……クロードって呼んでください……」
クロードは少し恥ずかしそうに俯いた。本当にレイオンとは性格が真逆でびっくりする。マジラブでも、少し性悪なお坊ちゃまというキャラだったのに。いったい何があったら、あんな感じに成長しちゃうのかしら。
「分かったわ。その代わり、あなたも敬語を使わずにお話してくれる?」
「は……う、うん。分かった」
「それじゃあ……クロード。マティス騎士団の兵舎のバリケードを作ったのは、あなたよね?」
「……ごめんなさい」
「ううん、謝らないで! すごいなぁって思ったの!」
この子がクロードだと気付いた時から、何となく察してはいた。ゲームの中でのクロードは、土魔法の使い手だったから。
だけどまだ子供なのに、そんな大規模な魔法が使えちゃうなんてびっくりだ。レイオンなんて、ファイアーボール的なものを出すくらいしか出来ないもの。弟のほうが兄より魔法の才能があるんじゃないかしら。
それに、あのバリケードがなかったら子供たちも魔物に襲われていたと思う。
「……守りたかったんだ。みんなのことだけじゃなくて、あの兵舎も」
「兵舎を?」
「思い出の場所だから」
クロードは、テーブルに視線を落としながら答えた。
「前にあの中を見学させてもらったことがあるんだ。その時はね、兄上もちゃんと僕にごはんをくれたんだよ」
流石に周囲の目があるから、弟の食事を取り上げなかったのだろう。あの男、外面だけは本当にいいから。
「パンもお料理も温かくて、美味しくて……すごく幸せだった。林檎とベーコンのお料理も、その時に食べたんだ。だから大人になって騎士団に入ったら、毎日ごはんをお腹いっぱい食べるんだってずっと思って……アンゼリカ様?」
「ううん、何でもないわ。気にしないで……っ」
私は口元を手で押さえ、すんすんと鼻を啜った。
あそこで働いていてよかったと、改めて実感する。だって、この子に希望を与えることが出来たんだもの。




