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あなた方の元に戻るつもりはございません!【書籍化】  作者: 火野村志紀


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63.反撃

 応接間が水を打ったように静まり返る。伯爵夫妻は青ざめた顔で息子を見ていた。

 だがレイオンの勢いは止まらない。唾を飛ばしながら、なおもクロードをなじる。


「だいたい、何でナイトレイ伯爵に保護されてるんだよ! そいつのせいで、うちが滅茶苦茶になったって知ってんだろ!?」

「よ、余計なことを言うなレイオン!」

「お前なんて、本当に死ねばよか……グフッ!」


 マティス伯爵がとうとう実力行使に出た。息子の胸倉を掴み、頬を思い切りぶん殴ったのだ。乾いた音が応接間に響き渡った。


「ち、父上! 何するんだよ!」


 赤く腫れた頰を押さえながら、レイオンが抗議する。


「このバカ者! 周りをよく見ろ!」

「はぁ? 周りって……」


 父親に促され、レイオンは怪訝そうに室内を見回す。殺気立っているシラーと目が合い、その顔がみるみる青ざめていく。興奮すると周りが見えなくなるのは、母親譲りなのかもしれない。

 伯爵一家の醜態ぶりに、カトリーヌは無言で頭を押さえていた。


「決まりだな。詳しい話は別室でゆっくりと──」

「ち、違うんです!」


 レイオンは突然大声を出したかと思えば、御託を並べ始めた。


「俺たちだって、本当はクロードをあんな連中に差し出したくありませんでした。ですが、商人どもに『言う通りにしないと、領民たちに居場所をバラす』って脅されて……仕方のないことだったんです。それにクロードだって、自分の意思であいつらについて行ったんです!」

「だったら何故、そのことを隠していた?」


 カトリーヌが厳しい表情で問いただす。


「そ、それは……ほら、クロードを見捨てたのは事実ですし。後ろめたくて言い出せなかったんです。……そうだよな、父上?」


 レイオンに話を振られ、マティス伯爵は少し迷う素振りを見せてから頷いた。


「う、うむ。私たちを疑うのであれば、クロードに直接聞いてみるといい」


 クロードに視線が集まる。小さな体がぶるっと身震いするのが分かった。尋常ではないその様子に、私は目を見張る。

 ……ひょっとして、この子がずっと自分のことを黙っていたのは、伯爵たちに強く口止めをされていたから?


「あ、あの僕……」


 クロードがカタカタと体を震わせながら、私を見上げてくる。鳶色の大きな瞳は潤み、今にも涙が零れ落ちようとしていた。その姿を見て、私は唇を噛み締める。

 一番信頼出来るはずの家族に虐げられる。それがどれだけ辛くて悲しいことなのかは、誰よりも知っているつもりだ。前世でも今世でも、親兄弟には恵まれなかったから。

 だから、この子にはこれ以上同じ思いはさせたくない。


「何があっても、私がお守りします。ですから、本当のことを仰ってください」


 その小さな手を取りながら、私はクロードに優しく微笑みかけた。


「アンゼリカ様……」


 クロードの体の震えが次第に治まっていく。


「お、おい。どうしたんだよ、クロード? 早く本当のことを言って、俺たちは何も悪くないって説明してくれよ」


 レイオンがもどかしそうに催促する。クロードは服の袖で目元を拭い、家族たちを見据えた。その瞳には、決意の色が浮かんでいた。


「僕は……自分の意思で商人たちについて行きました」


 弟の言葉にレイオンがニヤリと笑う。だがクロードの証言には、まだ続きがあった。


「……もし、誰かに保護された時はそう言えと、兄上に命じられました!」

「なっ……お前っ!!」


 レイオンは唇をわなわなと震わせた。


「父上からは『足手纏いがいると逃げ切れない』と言われ、母上にも『いざという時戦えないんだから、別の形で役に立ちなさい』と言われました」

「何を言ってるのクロード!?」


 自分たちの発言を次々と暴露され、伯爵夫人が悲鳴じみた声を上げる。

 まさか実の子供にそんな暴言を吐いていたとは……

 レイオンに比べたら、伯爵夫妻はまだマシだと思っていた。だけど血は争えないのだと、見せつけられた気分だった。

 シラーはふんと鼻を鳴らし、マティス伯爵に目を向けた。


「奴隷商たちもある程度子供を攫ったら、他の領地へ向かう。そうすれば自分たちが我が子を引き渡した事実が、明るみに出ることはない。そう踏んでいたか?」

「ぐっ……」

「思い通りにならなくて残念だったな。恨むなら商人たちを襲った魔物を恨め」

「ぐぬぬっ……!」


 マティス伯爵は何も反論出来ず、悔しそうに唸るばかりだ。夫人も何やら喚き散らしている。


「お、お前のせいだぞ、アンゼリカ!!」


 そして何故か私に責任転嫁してきたレイオン。


「クロードに余計なことを吹き込みやがって……俺たちは何も悪くない!! 全部お前が悪いんだぁぁっ!!」


 レイオンの手のひらに、轟々と燃え盛る巨大な火の玉が現れる。ちょっとちょっと! こっちにはクロードもいるのよ……!?


「……アンゼリカ様は何も悪くないっ!」


 その時、クロードの体が山吹色に光り出した。これって、以前ネージュが草原の花を咲かせた時の……!


「うぉっ!?」


 レイオンの足元に、ピシッと亀裂が走った。


「お、落ち着けよ、クロード! これは冗談だよ、冗談。ただちょっと驚かしてやろうかなーって思っただけで……」

「嘘つき……兄上なんて大嫌いだっ!!」


 両手を強く握り締め、クロードが声の限りに叫ぶ。直後、床から突き出た巨大な石の腕がレイオンに強烈なアッパーカットを食らわせた。


「がはぁっ」


 レイオンは宙を大きく舞った後、うつ伏せの体勢で降ってきた。ピクピクと全身を痙攣させているので、死んではいないと思う。多分。


「ひ、ひぃぃ……!」


 伯爵夫妻はレイオンを見捨て、応接間から逃げ出そうとしていた。しかし床から生えた石壁が、二人の前に立ち塞がった。


「……父上と母上は、僕が兄上に虐められてるって知っていても助けてくれなかった」


 呆然と立ち尽くす両親に、クロードが声を震わせながら語る。


「い、いや、それは……」

「僕が殴られて泣いていても、ご飯を取られてお腹が空いたって言っても、助けてくれなかった……!」

「そ、そうだったの? 私まったく気付かなかったわ。おほほ……」


 殴ったり、ご飯を取ったり……? そんなの虐待じゃない! 私だってそこまで酷い目には遭わなかったわよ!?

 チラリと旦那のほうを見れば、真顔で拳を強く握り締めていた。あ、これ滅茶苦茶怒ってますわ。シラーの怒りが冷気となり、室内を冷やしている。床には真っ白な霜が降りていた。

 こんなに怒っているシラーを見るのは久しぶりだった。その気持ちは分かる。でもこのままじゃ、私たちも氷漬けになってしまいそうだ。


「やめろ、愚弟。殺気がだだ漏れだぞ」


 カトリーヌがシラーの肩を後ろからポンと叩く。おおっ、弟の暴走を止めてくれる……?


「お前は手を汚さなくていい。私に任せろ」


 こちらも殺る気に満ちている。カトリーヌから放たれる強烈な熱気によって、室温が瞬く間に上昇していく。一筋の汗がこめかみを伝った。

 姉弟揃って、今にも剣を構えそうな勢いだ。それでも怒りをぐっと抑えて、クロードを静かに見守っている。

 この子が前に一歩踏み出すために。


「アンゼリカ様は、僕のために美味しいご飯を作ってくれたよ。ナイトレイ伯爵様も僕を抱っこしてくれた。プレアディス公爵だって、みんなの家族を探してくれた……みんな、みんなとっても優しい人たちだ! この人たちを悪く言うなら、僕が許さないっ!」

「…………っ」


 我が子の気迫に圧され、マティス伯爵はがっくりと項垂れた。夫人も顔面蒼白になりながら、床にへたり込む。その光景に、私は胸がすくような思いだった。


「クロード! お前マジでぶっ殺してやるっ!」


 レイオン!? 元カレが口から血を流しながら、こちらへ迫ってくる。だがその背後には、既に奴の天敵が回り込んでいた。後ろから肩をぽんと叩かれ、レイオンは「え?」と振り返った。


「お前にあの子を責める資格はない」


 シラーの拳がレイオンの顔面を直撃した。グギッとかボキッと嫌な音が聞こえたので、多分鼻の骨でも折れたのかもしれない。

 レイオンは白目を剥きながら、ガクリと気絶した。顔面の良さだけが取り柄だったのに、すっかり見る影もなくなっていた。


「さて……後のことは僕たちに任せて、君は少し休むといい」


 殴ったほうの手をハンカチで拭いながら、シラーが静かな口調で言う。その頬には返り血が飛び散っていた。クロードが無言でコクコクと頷いている。


「バカ者。顔もしっかりと拭け」


 カトリーヌはハンカチを奪い取ると、シラーの顔を乱暴な手つきで拭き始めた。


「姉上、自分でやるから返してくれ」

「鏡もないのに綺麗に拭けるか。いいから大人しくしろ」


 シラーがいつもより幼く見える。何だかちょっと可愛い。

 ふと隣に目を向けると、クロードは顔面血まみれのレイオンをぼんやりと見詰めていた。毎日のように辛い目に遭わされていても、どんなにクズでカス野郎だったとしても、たった一人のお兄ちゃんだったのよね。


『私が手に入れるはずだったものを、あんたが全部奪ったのよ! 絶対に許さないわよ……! あんたは高貴な血を引いていないんだから! 私より劣ってなくちゃいけないのよ!!』


 シャルロッテにぶつけられた言葉が脳裏に蘇る。言われた時はとにかく腹が立ったけれど、今はほんの少し胸が痛む。

 あんな人、姉として慕うつもりは毛頭ない。血も繋がっていないし。それでも、完全には憎み切れないというか。

 こんなこと、シラーに話したら「君は甘い」って怒られちゃうわよね。



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