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あなた方の元に戻るつもりはございません!【書籍化】  作者: 火野村志紀


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62.ハニーマスタード

 マティス騎士団の料理番として、馬車馬のように働いていた私だが、保存食の新メニューの開発を命じられたこともあった。

 まあ、それ自体はそれほど苦ではなかったけれど。

 何気なくレイオンに相談したら、「俺が好きなものにしてくれ」とのことだったので、本当に奴が好きな料理オンリーにしちゃったのだ。


 レシピも事細かに書いたし、後は兵糧係が作るだろうと思い込んでいた。

 しかしその数日後、兵糧係たちがヘラヘラと愛想笑いを浮かべながら、私の下にやって来たのである。


『俺たち、忙しいからさ。作るのもアンゼリカさんがやってよ。ね?』


 あそこでブチ切れなかった私……偉い!

 あの頃の私は、記憶が戻る前だったから内気な性格だったんだけどさ。

 というわけで、その日から数日間は仕事が増えて地獄だった。


「あのごはん、アンゼリカさんつくったの!?」

「すっごくおいしかったよ!」

「アンゼリカさん、ありがと!」


 子供たちから感謝されるのはちょっと、ううん。ものすごく嬉しい。これだけで、あの時の苦労が報われるわ。


「そうか……あそこの保存食は死ぬほどマズいと姉上が嘆いていたから、おかしいとは思っていたんだ」


 シラーは腑に落ちた表情で頷いた。


「……カトリーヌ様から?」

「合同演習で兵舎を訪問した際に試食したが、あまりのマズさに飲み込むのがやっとだったそうだ。なのに子供たちが美味しかったと口を揃えて言うから、あの極限状態で味覚が麻痺していたのかと……」

「ひぃぃっ!」


 もし私が作っていなかったら、あの子たちは激マズ料理を食べてたかもしれなかったのか。過去の私、グッジョブ。

 ちなみに料理のレシピは、全部覚えている。みんなが言っている『林檎の甘くてしょっぱいの』とは、恐らく林檎とベーコンのハニーマスタード炒めだ。

 早速材料を調達しに厨房へゴー。

 食材は林檎とベーコン。味付けは粒マスタードと蜂蜜、それと塩胡椒が少々。たったこれだけ。ベーコンから出る旨味が結構いい仕事をしてくれるのだ。

 本当は白ワインも加えたいところだけど、今回は割愛。当時作ったものを忠実に再現することにした。


 作り方はすごく簡単。

 まずは林檎とベーコンを食べやすい大きさに切る。子供が食べるから、小さめにしましょうか。

 切った材料をフライパンで炒め、あらかじめ作っておいた合わせ調味料を回しかける。


「おいしそー……」

「あなたたちの分も作ってあるわよ」

「えっ、ほんとに? やった!」


 大喜びの子供たち。少し離れたところから、ロンがソワソワした様子でこちらを窺っている。


「ロン」


 私が優しく呼ぶと、ゆっくりと近付いてくる。


「あなたがこの料理を美味しそうに食べてたって、みんなが教えてくれたの」

「……みんなが?」


 ロンは目を見開いて、子供たちを見回した。そうよ、みんなあなたのことが大好きなの。


「ええ。それと……兵舎に残されていた保存食を作ったのは私だったの。私が作った料理を、美味しく食べてくれてありがとう」


 感謝の気持ちを込めて、お礼を言う。

 するとロンは恥ずかしそうに俯いてしまった。


「最後に塩胡椒で軽く味を整えて……はい、完成よ」


 出来立てのハニーマスタード炒めを大皿に盛り付ける。わぁっ、と子供たちから歓声が上がった。


「ほら、ロン!」

「ぼ、僕はいいよ……」

「ダメッ! ロンがたべないなら、ぼくらもたべない!」


 子供たちに背中をぐいぐいと押され、ロンが大皿の前にやってくる。初めは戸惑っていたけれど、やがてすんすんと料理の匂いを嗅ぎ始めた。


「どうぞなの!」

「うん……」


 ネージュに手渡されたフォークを握り締め、ソースがよく絡まった林檎にブスリと突き刺す。そしてふーふーと息を吹き掛け、少し冷ましてから口に運ぶ。

 ロンが初めてまともに料理を食べてくれた。

 ゆっくりと咀嚼する様子を、私や子供たちだけでなく、シラーとカトリーヌも食堂の隅からこっそり見守っている。

 林檎をよく味わってから飲み込むと、今度はベーコンを頬張った。小さなほっぺが、もごもごと動いている。


「美味しい……甘くて、しょっぱくて美味しい……っ」


 何故かロンの瞳が潤み始める。え? ちょっと……


「ひ、ひっく、う、うわぁぁぁん……っ!」


 泣いちゃったんですが!?

 突然号泣されてしまい、私は冷や汗ダラダラだった。美味しいって言ってくれたけど、実は無理して食べていたとか!?


「どうしよう、ロンがないちゃった……!」

「なんで!?」

「ロン、なかないで!」


 突然の事態に子供たちも大慌て。そのうちの一人が、ちらりと皿を見る。


「もしかしておいしくなかったのかな……」


 そ、そんなはずは!

 皿に盛る前に試食してみたけど、マスタードの酸味と蜂蜜の甘みがマッチしていて我ながら美味しかったし! 林檎も熱が加わって、程よい柔らかさに仕上がってたし!


「うぅ〜……ひっく、ぐす……っ」


 エグエグと泣きながら食べてる……

 不味いんじゃなくて、泣くほど美味しいってこと? そんなにこの味が好きなのかな。

 だけどレイオンも、三日に一回くらいはこれを食べたがっていたし……って、ちょっと待って?

 確かゲームの中でも……


「……思い出したぁっ!!」


 林檎とベーコンのハニーマスタード炒め。

 この料理が好きな人物を、私はもう一人知っている。

 あのレイオンを兄に持つ、常に上から目線のボンボン。だけど好物を食べている時は、いつも幼子のように目を輝かせていた。


 どうして今まで気付かなかったのだろう。よく見ると、十数年後の面影があるというのに。

 ロンが料理を完食した後、私は他の子供たちを全員部屋に戻らせた。

 私は深呼吸してから、ロンを真っ直ぐ見据えて問いかけた。


「あなたは……マティス伯爵家のクロード子息、よね?」


 ロンの体がぴくんと跳ねた。シラーが驚いた表情をしたのが見えたが、「まだ出てきちゃダメ!」と手で合図をする。


「ごめんなさい。こんなこと、聞かれたくないのは分かってるわ」


 テーブルに視線を落とすロンに、私は言葉を続ける。


「だけど、このままじゃいけないと思うから」


 以前の自分を捨てて、新しい人生を始めることは決して悪いことじゃない。私だって、この乙女ゲーの世界で第二の人生を楽しく送っているし。

 でも私には、それでロンが救われるとは思えない。だって、いつも悲しそうな顔をしてるもの。


「…………」


 私の言葉に、ロンがゆっくりと顔を上げる。

 そして大きな目を潤ませながら、コクンと小さく頷いた。


「……どういうことだ」


 その声に振り返ると、カトリーヌが恐ろしい形相で、こちらへと歩み寄ってきていた。


「姉上、もう少し待て!」


 シラーの制止も役に立たない。カツカツ、と靴音を響かせながら近付いてくる。怒りで魔力が暴走しているのか、周囲にバチバチと火花が散っている。

 激オコリーヌ。その凄まじい迫力に、クロードはプルプルと震えていた。


「あ、ぼ、僕……」

「この子を叱らないでください! 今まで黙っていたのは、きっと何か事情があって……」


 私はクロードを庇うように、カトリーヌの正面に立った。


「その少年に怒っているのではない。私が許せないのは、マティス伯爵だ」

「は、はい?」

「あの男……『次男は目の前で、暴徒と化した民に殺された』と言っていたのだ。何故だ、何故そのような証言をした……!?」


 何ですって!?



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