61.謎の少年
「ぼく、あまいたまごやきがいい!」
「えーっ。しょっぱいのたべたい!」
「はいはい、喧嘩しないの。どっちも作ってあげるから」
子供たちがお城にやって来てから早三日。私はすっかり彼ら専属の料理番と化していた。ここ最近は暇な日々を送っていたので、正直めっちゃたのしい。
ちなみに子供たちのご家族も、既に所在の確認が取れている。その多くは王都や他の領地に避難していたらしい。近々この子たちを迎えにくるそうだ。
だけど……
「おはよう。ロンは何が食べたい?」
「えっと、あの……パンだけでいいです」
例の少年だけは、未だに身元が分かっていない。本人も頑なに素性を明かそうとしないので、カトリーヌが頭を抱えているそうだ。
分かっているのは、他の子供たちから「ロン」という愛称で呼ばれていること。それから、兵舎の保存食や井戸の在処を知っていたのがロンだということ。
少年の正体も気になるけど、問題は食事を殆ど摂らないことだった。初めて出会った頃のネージュを見ているようで心配だわ。
「……また子供たちに食事を作っていたのか?」
「あ、旦那様」
「城の使用人たちに任せればいいだろうに」
「私は結構楽しいですわよ。それにほら、ネージュも」
私の視線の先では、ネージュが子供たちと一緒に朝ごはんを食べている。出会ったばかりの子供たちと、すぐに打ち解けられるというのは、大きな長所だと思う。
「まあ、君がやりたいなら好きにするといいさ。ところで、例の少年は?」
「ええ。あそこに……あら?」
先ほどまで座っていたところにロンがいない。食堂内を見回していると、いつの間にかシラーの背後に立っていた。
「おじさんっ」
控えめに微笑みながら、黒衣の美丈夫を見上げるロン。シラーは真顔でビシッと凍り付いた。
少年よ、うちの旦那はまだ二十代なのだ。
だけどロンが一番懐いてるのって、シラーなのよね。姿を見かけるたびに、嬉しそうに駆け寄っていく。
ちなみに他の子供たちは、シラーが少し苦手みたい。彼が食堂に入ってきた途端、ささっと隅のほうへ逃げてしまった。カトリーヌは「かっこいいねーちゃん」と人気を博しているというのに。
「僕の姉が君の身元が分からないと苦心している。兵舎の設備を熟知していたんだ。記憶喪失というわけでもないだろう。……親の名前だけでもいいから、教えてくれないだろうか?」
シラーが穏やかな口調で尋ねる。しかしロンは一瞬泣きそうな表情をした後、無言で首を横に振った。
「……そうか。時間を取らせてすまなかった」
シラーもこれ以上は聞こうとせず、すぐに会話を切り上げる。二人のやり取りを眺めていると、シラーに「少しいいだろうか」と声をかけられた。二人で食堂から出たところで、彼は話を切り出した。
「あの少年のことだが、このまま身元が判明しなければ養護施設に引き渡されるそうだ」
やっぱりそうなるわよね。帰る場所が分からない以上、それも一つの選択肢かもしれない。
「ロン……もしかしたらご家族の下に帰りたくないのかもしれませんわね」
頑なに素性を明かそうとしないのは、多分そういうことだと思う。前世の私だって両親から逃げたい一心で、上京したんだもの。
ロンを見ていると、たまに昔の自分を思い出す。
「……だとしたら、なおさら親を探し出すべきだ。探し出して、あの子との間に何があったのかを問いたださなければならない」
シラーはぽつりと呟いた。
「あっ! おとうさま、はっけんなの!」
食堂の入り口からひょっこりと顔を出したネージュが、シラーをびしっと指差した。その後ろには、どこか怯えた表情の子供たちの姿もあった。
「や、やっぱりこわいよぉ……」
「『あくじきはくしゃく』はわるいひとって、ママがいってたよ!」
とってもいい人だから、そんなに怖がらないであげて。涼しい顔をしてひそひそ話を聞いているけれど、結構気にしているっぽいから!
「だいじょーぶなの! おかあさまがおとうさまを『めっ』してくれるの!」
待ってネージュ。その言い方だと、何だか我が家がカカア天下みたいなんだけど。
「ネージュがそういうなら……」
納得しちゃったよ。
「……それで? 僕に何か用かな?」
シラーは少し恥ずかしそうに聞いた。
「あのね、まてすきしだんのごはんがほしいって!」
まてす……マティス騎士団のこと?
「ごはんとは……保存食のことか?」
「ほぞんちょ?」
ネージュはこてんと首を傾げた。すると子供たちが口々に言い始める。
「かんづめにはいってたごはんだよ!」
「きしだんのおうちにいたときも、ロンぜんぜんごはんたべてなかったの」
「でも、いっこだけすごくおいしそうにたべてたの。あれつくって!」
この子たちも、ロンに食欲がないことを心配していたようだ。シラーはその場にしゃがみ込み、子供たちと目線を合わせた。
「ちなみにどんな料理だ?」
「んーと……あまくてしょっぱいりんご!」
「……?」
「つぶつぶもいっぱいはいってた!」
「甘くて……しょっぱい……粒々……?」
要領を得ない説明に、シラーは困惑の表情を浮かべる。
……待てよ?
「すまないが、あの保存食は君たちが食べた分で最後だ。レシピも分からないし、あれを作った料理人も……」
「……それって、分厚いベーコンが入っていなかった?」
シラーの言葉を遮るように、私は質問した。それに対して、「うん!」と元気よく答える子供たち。ふむふむ、なるほど。
「その料理を作ったの、多分私だわ……!」




