6.あなたと一緒に
お願いした食材は、その日のうちに全て揃った。はやっ! しかも野菜はみんな新鮮。調理しがいがあるわ。
お洒落だけど動きづらいドレスから、シンプルなエプロンドレスに着替えて厨房へ向かうと、後ろを歩くララが何故か難しい顔をしている。
「少し厨房を貸していただけるかしら?」
私が料理人たちに尋ねると、彼らもぎょっと目を見開いた。
「お、奥様、それは……」
「何よ。伯爵夫人は、料理をしてはいけない決まりでもあるの?」
「滅相もございません。しかし……少々お待ちください」
奥に引っ込んで、何やらひそひそと話し合いを始めた。あ、ひょっとして自分たちの仕事場を好き勝手に荒らされるかもって懸念してる?
元料理番として彼らの気持ちは分かるけど、ここは渋られちゃ困る。
「何か不安なことがあるのでしたら、私に見張りをつけなさいな。それでどうかしら?」
内心少し焦りながら提案してみると、ようやくOKがもらえた。しゃおらぁ!
頭に三角巾を被って、手早く材料を並べ始める。
「…………」
「…………」
「…………」
背後から複数の熱い眼差しを感じる。見張りをつけろと言ったのは私だけどさ、多くない?
……や、やっと下ごしらえが全部終わった。
この料理を思い付いた時は、簡単に作れそうって楽観視していたけれど、スーパーで簡単に買えるようなものを一から作るのって大変。現代人が羨ましいわ。
背後を振り向くと、ララや料理人たちは驚いた顔で固まっていた。
「……奥様はもしや、料理の経験がおありですか?」
「ええ。実家にいた頃は、家族の食事を用意していたの」
後片付けをしながらララの質問に答える。
騎士団で働いていたことは伏せることにした。どうもアルセーヌ以外は、私の詳しい事情を知らないみたいなのよね。
「そこのあなた、ネージュをここに連れてきてちょうだい。それと、脚の高い椅子も用意してね」
「かしこまりました。しかし、何をなさるおつもりですか?」
「最後の仕上げを手伝ってもらうの」
「ネ、ネージュ様に火を使わせるわけには参りませんっ!」
料理人がぶんぶんと首を横に振る。
「当たり前でしょ! あの子のお仕事はこれよ、これ!」
私が円形の白い皮を見せると、料理人は「はぁ……」と怪訝そうに相槌を打った。
後片付けを終える頃、料理人に連れられてネージュがやって来た。そわそわした様子で周囲をキョロキョロと見回していたが、私を見付けると一目散に駆け寄ってくる。
「おかあさま!」
「来てくれてありがとう。あのね、私と一緒にごはんを作って欲しいの」
「ごはん……?」
途端にネージュの表情が曇った。私はしゃがんで目線を合わせながら、言葉を続ける。
「自分で作るご飯はとっても美味しいの。それに、どんな食べ物が入っているのかも分かるのよ」
「……こわくない?」
ネージュがおずおずと聞いてくる。ああ、やっぱりそういうことか。
「ええ。だから一緒に作って食べましょう?」
「……うん」
ネージュは少し間を置いて、コクリと頷いた。
手をしっかり洗ってから、食事の時に使っている椅子に座らせる。その間に、私は作業台に材料や皿をセッティングしていく。
「おてて、あらったの!」
「それじゃあ、餃子作りを始めましょうか!」
「ぎょーじゃ?」
「ギョーザとは何ですか?」
ララも不思議そうに尋ねてきた。しまった、説明をすっかり忘れてたわ。面倒臭いし、ここは適当にホラでも吹いておくか。
「あら、伝説の料理人チューカをご存じなくて? ギョーザは彼の得意料理の一つなのよ。そのバリエーションは百……いえ、千を超えると言われているわ」
「おい、聞いたことあるか?」
「いや……」
私も聞いたことがないわ。即興で嘘をつくにしても、もう少し何とかならなかったのか、私よ。
まあ言っちゃったものは仕方ない。根掘り葉掘り聞かれないうちに、私はネージュにお手本を披露することにした。
「見ていてね? この真っ白な皮に具を少しだけ乗せたら、周りをすーって水で濡らしていくの。そしたら折り畳んで、こんな感じにくっつけて……こう!」
手作りの皮に、細かく刻んで水気を絞った野菜を包んでいく。餃子なんて久しぶりに作ったけど、上手く包めたーっ!
大皿にちょこんと乗せた餃子一号を見て、ネージュの顔に笑みが零れる。
「かわいーっ!」
「か、可愛い?」
「うん! ネジュもつくるの!」
まあ、興味を持ってくれたからいいか。皮とスプーンを渡して、丁寧にレクチャーする。
具は他にも二種類を用意しておいた。
クリーミーな味に仕上げたポテトサラダと、リンゴのシナモン煮。
どれも子供がうっかり口に入れても大丈夫だ。
「そうそう。その調子」
「んしょ、んしょ……できたっ」
ネージュが手のひらの餃子を誇らしげに見せてくる。
「とっても上手よ、ネージュ!」
いやお世辞とかじゃなくて本当に上手い。初めてとは思えないくらい形が綺麗。可愛いだけじゃなくて、手先も器用なんてすごいわ!
この後も二人でちまちまと具を包んでいく。ララがじっとこちらを見ているので「あなたも手伝う?」と聞いてみると、嬉しそうに加わってきた。
ちなみに料理人たちは、「面白い料理だ」「参考になるな」と真剣な顔で語り合っている。
そして全て包み終えたら、油を引いた鍋で焼き上げていく。
「いいにおい……」
離れたところから眺めていたネージュが小さな声で呟いた。
「はい。餃子の出来上がりよ!」
きつね色に焼き上がった餃子に、「おお……!」と歓声が上がる。うん、我ながらとっても美味しそう!
流石に酢醤油は作れなかったので、トマトを使った洋風のタレを用意してみた。
「どうぞ、ネージュ」
「…………」
ネージュは緊張した顔で、少し冷ました餃子を見詰めていた。うーん、食べるのはまだ勇気が出ないみたいね。
「無理しなくていいわ。また作れば……」
ぶすっ。ネージュが子供用のフォークを握り締め、餃子に突き立てた。そしてぎゅっと目を瞑って、それを口へ運ぶ。
「……おいしぃ」
小さな声で呟き、他の餃子も食べ始める。
や……やったぁぁぁぁっ! 食べてくれたぁぁぁっ!!
「ネ、ネージュ様がご自分からお食事を……?」
「なるほど。これならネージュ様も召し上がってくださるのか」
おっと、料理人たちが妙な勘違いをしているぞ。
「お待ちなさい。ネージュが食べてくれたのは恐らく……」
「騒々しいぞ。君たちは何を騒いでいるんだ」
その低音に、厨房の空気がぴしっと凍り付いた。ぎ、ぎ、ぎ……とブリキ人形たちがぎこちなく首を動かす。
厨房の入り口に悪食伯爵が佇んでいた。