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あなた方の元に戻るつもりはございません!【書籍化】  作者: 火野村志紀


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46.夢

「むむ……」


 王城にやってきてから、はや一週間。私は人知れず苦難を強いられていた。

 ラヴォント殿下に頼まれたサイン。それを延々と書き続けていた。

 シラーには関わるなと言われているものの、ラヴォントの頭の中では、私が引き受けたことになっている。やらないわけにはいかないでしょ。

 しかし私には、クールでスタイリッシュなサインを書く技術などないので、文字の横にハムちゃんのイラストを描いて誤魔化すことにした。


「ネージュ、ララ! どうかしら? あ、ちなみにこのネズミさんはララよ。上手に描けてるでしょ?」

「チュ……?」


 ララはサインをじっと凝視してから、心なしか訝しげに自分を指差した。


「ララ、すっごくつよそうなの……!」


 私としては可愛く描いたつもりなんですが!?


「つ、強そうってどの辺りが?」

「えっとね、おめめがギュッてしてるとこ!」


 ネージュはそう説明しながら、自分の目尻を吊り上げた。

 指摘されてから改めて見ると、確かに凶悪な目付きをしている。向日葵の種じゃなくて、人間の血肉を好みそうだ。


「チュ! チュウチュウ!」


 ララが必死に鳴いてる。これはネージュに聞かなくても、何と言っているのか分かる。


「ご、ごめん。ちゃんと描き直すから!」

「おかあさま、がんばって!」


 こうして試行錯誤を重ね、私は何とか二百枚のサインを完成させた。四六時中羽根ペンを握り続けていたので、軽い腱鞘炎になってしまったけど、その分得られた達成感もひとしおだ。

 さて、どうやってラヴォントに渡そう?

 直接渡しに行って、リラと鉢合わせという事態は何としてでも避けたい。

 困った時のアルセーヌ……はいないので、ここは最高権力者に協力を仰ごうと思う。



「サインじゃと? ラヴォントめ、そなたにそのようなことを頼んでおったのか」


 国王陛下はトレードマークの顎髭を撫でながら、溜め息をついた。


「どうか殿下をお叱りにならないでください。私も楽しく書かせていただきましたから」

「そなたにはいつも世話をかけるのぅ」

「い、いえ、とんでもありません。それでリラ殿下に気付かれないように、サインをお渡ししたいですが……」

「ふむ。ではワシからのプレゼントという体で渡すとしよう。リラもワシには強く出れんからの。中身について詮索することはあるまい」

「感謝いたします、陛下」

「フォッフォッフォッ、礼には及ばんよ」


 相変わらず寛大なお方だ。


「ところで話は変わるんじゃが、国立図書館の蔵書リストを調べた結果、変化魔法について纏めた魔導書が保管されていることが分かったぞ」

「本当ですの!?」

「うむ。しかし一つ問題があってのぅ。現在館内の司書総出で捜索させておるが、まだまだ時間がかかりそうじゃ」


 うん? その蔵書リストを確認すれば、どこにその魔導書が保管されているのか分かるんじゃないの?

 私の疑問を見透かしたように、陛下は言葉を続けた。


「国立図書館は、建物自体が精霊具なんじゃよ」

「せ、精霊具……!?」


 今明かされる驚愕の事実。


「それ故に、深夜になると本が館内を自由に飛び回ったり、朝司書が出勤してくると本棚の位置が変わっていたりと、様々な現象が起こるのじゃ」


 それは所謂ポルターガイストというやつでは?


「そして本人がその場にいて、読みたい本があればすぐに見付かるのに、それ以外の者だと一冊の本を探すのも一苦労なんじゃ。そなたかナイトレイ伯爵が出向けば、すぐに発見出来るとは思うんじゃが……」


 陛下はそこで言葉を切り、小さく唸った。図書館そのものが精霊具なら、入館審査が異常に厳しいのも合点がいく。悪用する人間がいるかもしれないものね。

 そしてその審査が通るには、最短で一年ほどかかるのだとか。


「そなたたちの事情も汲んでやりたいが、こればかりは融通を利かせることが出来ぬのだ」

「いいえ、お気遣いありがとうございます」


 私の肩の上で、ララもペコリとお辞儀をする。

 仮に爆速で入館許可を得られたとしても、いつまたシャルロッテに狙われるか分からないし、なるべく城内からは出ない方がいいと思う。


「それとナイトレイ伯爵を度々駆り出させてすまぬな。ネージュが寂しがっているのではないか?」


 うちの旦那様は、本日も文官たちの会議に出席している。


「旦那様が屋敷を空けるのは、よくあることですから。たまに顔を合わせた時に、目いっぱい甘えていますわ」


 それに、初めてのお城生活を満喫しているようで、あまり寂しさを感じていないっぽい。

 むしろシラーのほうが、寂しさポイントを積み重ねてる気がする。何故か私にもすごい話しかけてくる。


「しかし、随分と可愛いネズミじゃな。……少しだけ触ってみてもいいかのぅ?」


 動物が好きなのだろう。陛下がじーっとララを見詰める。

 私はララを手のひらに載せ、玉座へと歩み寄った。


「……ララ?」


 緊張からか、小さな体がぷるぷると震えている。だ、大丈夫かしら……。


「小さいのぅ。昔飼っていたネズミを思い出すわぃ」

「チュ……チュウッ!」


 ガブッ!! 頭を撫でられた瞬間、ララがテンパりすぎて陛下の指を噛んでしまった。


「「「陛下ぁぁぁっ!!」」」


 全然大丈夫じゃなかった! 私と近衛兵たちの絶叫が、玉座の間に響き渡る。


「フォッフォッフォッ。元気じゃのぅ」


 陛下は反射的に噛んでしまい呆然としているララを撫でながら、ニコニコと笑っていた。指から血が出てるから、はよ止血してください!!


       ◆◇◆◇◆


 サインを書いた色紙を世話係の侍女に預けたところで、私は客室のベッドにダイブした。一仕事を終えて、どっと疲れが出ちゃった。


「おかあさま、おつかれさまなの。いいこ、いいこ」


 ネージュが労るように頭を撫でてくれる。その感触に身を委ねているうちに、何だか眠くなってきた。


「ふぁぁ……」


 睡魔に抗えず、瞼を閉じる。

 そして気が付くと、私はガラスで出来た螺旋階段を上っていた。手摺りも踏み板も透明で、うっかりしたら踏み外してしまいそうなのに、すいすいと上り続ける。

 天井からはキラキラと金色に輝く星飾りが吊されており、手を伸ばしてみるとほんのりと温かい。けれど触れることは出来ず、指をすり抜けてしまった。

 ようやく階段を上り切ると、小さな書庫のような場所に辿り着く。

 ガラスで作られた本棚には、色とりどりの本がずらりと並んでいる。どれも分厚くて、背表紙には何も書かれていない。

 もっと近くで見ようと、本棚へ歩み寄ってみる。


「あれ? 君、どうしてここにいるの……?」


 突然後ろから声をかけられた。振り返ると、白髪のおじいさんが杖をついて立っていた。長い白髪を後ろで束ね、真っ白な口髭を蓄え、ポケットがいっぱいついたベストを着ている。休日の公園でカップの日本酒を飲んでそうな格好だな。


「ああ、そうか。君の夢が僕の書庫に接続されちゃったんだ」

「夢……?」


 そう言われても、どうにも実感が湧かない。何だか頭がボーッとして、上手く思考が纏まらないのよね。


「君の場合、肉体はともかく中身は時空伯爵がこちらへ運んできた外界産だからね。こういうこともあるか」


 その言い回しに、私は違和感を覚える。


「……あなたは、私がこの世界の人間ではないと知ってるの?」

「うん。時空伯爵が『適合者の魂をようやく見付けた』と連絡をくれたからね。君の以前の肉体が死を迎えたことで、こちらの世界に連れてくることが出来た」

「ま、待って。それじゃあ、私がアンゼリカに生まれ変わったのは……その時空伯爵のおかげってこと?」


 私は目を大きく見開きながら詰め寄った。それに対して、おじいさんは落ち着いた様子でコクンと頷く。

「時空魔法を使える者は、もうあの人くらいしか残っていないからね。使えるタイミングや回数は、限られているけど」

「だけど……どうしてそんなことを?」


 私は一度目の人生で、ろくでもない最期を迎えた。そして二度目の人生では紆余曲折がありながらも、幸せな生活を送っている。たくさんの優しい人たちにも出会えた。可愛い娘も出来た。

 だけど、ふと疑問に思う時がある。

 私の魂は何故、ゲームの世界に流れ着いたのだろう? そこに明確な理由があるのなら知りたい。ううん、知らなければいけない。


「申し訳ないけど、それは言えない。基本的に僕たちは、人間の世界には深く干渉してはいけない掟があるんだ」

「……ちなみに破ったら、どうなりますの?」

「爆発して死ぬ」


 もう何も聞かないでおきましょうか。


「さあ、そろそろ閉館の時間だよ。君も娘さんのところへお帰り」


 部屋の中央に螺旋階段が現れた。今度は下り階段だ。延々と下へと続いている。


「あ。そういえば君たち、魔導書を探しているんだっけ?」


 階段を降りようとすると、おじいさんに呼び止められた。


「え、ええ。実は使用人たちが変化魔法でネズミの姿に変えられてしまったの。だけど中々見付からないみたいで……」

「君が図書館に行けば、すぐに見付かるのに」

「入館許可をもらわないと、中に入れないの」


 するとおじいさんは、少し間を置いてから、あるものを私へ差し出した。


「だったら、これを使えばいいよ」

「使えばいいって……」


 どこからどう見ても、ただの紙切れなんですが?


「近道も用意しておいてあげる。後で本棚の横を調べてみなさい」

「いやだから、この紙切れでどうしろと──」

「それじゃあ、消灯」


 その言葉に反応して星飾りの光が消え、周囲を暗闇が包み込んだ。

 早く下りなくちゃ。何かに突き動かされるようにして、私は階段を降り始めた。真っ暗で何も見えないのに、しっかりとした足取りで一段一段踏み締める。

 階段は終わりがなく、どこまでも続いていく。そして次第に意識が薄れていき──

 そこで私は目を覚ました。随分と寝てしまっていたみたい。時計に目を向けると、二時間以上経っていた。


「ふぁ……おかあさま、おはようなの」


 私の傍で一緒に眠っていたネージュが、目を擦りながらむくりと起き上がった。寝癖で跳ねてしまった髪を、ララがささっと整えている。ネズミの姿になっても、自分の仕事をきっちりとこなす。侍女の鑑だわ……


「あれ? それなぁに?」


 ネージュに言われて、右手に何かを握り締めていることに気付いた。

 手のひらサイズの銀色の板だ。表面には虹色の光沢があり、おじいさんの横顔が描かれている。この人、さっきの夢に出てきたワンカップおじいさんだわ。

 確か、近道を用意しておくと言っていたような。私はベッドから立ち上がり、本棚へと駆け寄った。その周辺を注意深く観察していると、壁に小さな切れ込みを見付けた。

 ……もしかして。


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