43.登城
「はい、みんなおやつですよー」
本日用意したのは、ローストした南瓜の種。それを深皿に入れ、ゲージの中に置いた。
すると一斉に集まってくるハムちゃんズ。小皿へまっしぐらと思いきや、並んで私に向かってペコリとお辞儀をした。見た目の可愛さでつい忘れそうになるけれど、中身は立派なオッサンたちなのよね。
「チュー!」
ララは私の肩の上でご飯タイム。
ポリポリという音を聞いているうちに、私も食べたくなってきた。
「それでは一粒失敬しまして……」
サクサクとした触感と、香ばしい風味。美味しい。だけど、ちょっと物足りないわね。
よし、ここはちょいとアレンジしますか。というわけで厨房へGO。
まずは砂糖と水をフライパンでじっくり煮詰める。この時、焦がさないように慎重にね。
煮詰まってカラメル状になったら、そこへ種を投入。手早く絡ませたら、南瓜の種のキャラメリゼの完成。
少し冷ましたものを口に運ぶ。
うん、これよこれ。種の香ばしさとキャラメルの甘さがベストマッチ!
「奥様、我々もいただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろん! はい、どうぞ」
時折、フライパンをちらちらと覗き込んでいた料理人たちにもお裾分け。
「おおっ、これは美味しいですね」
「塩で炒る以外にこのような食べ方があるとは……流石です!」
お、おう。これしきのことで賞賛されるとは、嬉しいやら恥ずかしいやら。
けれど先ほどとは、別の意味で物足りなさを感じる。この気持ちはいったい……
「チュー」
そ、そうだ! ララ成分が足りないんだわ!!
いつもなら私が何か作った時、いの一番に試食して「奥様、とっても美味しいです!」と言ってくれるのに!
今のララに、人間の食べ物を与えてはいけない。それは分かってるわよ。分かってるけど。
「私の日常が……私の楽しみが……っ!」
「お、奥様……」
がっくりと項垂れる私を、料理人たちが心配そうに見守っている。
おのれ、シャルロッテめ! 今度会ったら覚えてなさいよ!
◆◇◆◇◆
そして、とうとう迎えた王都への出発日。
「おーと、おーとっ!」
「ネージュ様、屋敷の中ではあまり走り回らないように……」
「おーとっ!」
「はは、そうでございますね……」
朝からネージュは大はしゃぎだ。屋敷の中を駆け回ってアルセーヌにたしなめられても効果なし。
「ネージュ、いい加減にしなさい」
見兼ねたシラーに捕獲され、抱き上げられてもキャッキャと笑ってる。
わ、私が抱っこしようと思っていたのに!
敗北感を感じている私を慰めるように、肩の上に乗っているララが「チュウ」と鳴いた。その頭には、小さなホワイトブリムがちょこんと乗っている。アルセーヌが夜なべをして作ってくれたのだ。
「そういえば、ネージュは今までに登城したことはありますの?」
「いや。今回が初めてだ。それどころか王都に出向いたのは……授名の儀式の時だけかな」
シラーが思い返すような口調で答える。
授名の儀。
この国の王家と高位貴族にのみ執り行われている儀式のことだ。
王家や高位貴族で産まれた子供は、王都の神殿に連れて行かれ、そこで命名される。
精霊の加護を宿した名前を授かることで、大病や事故に見舞われず長生き出来るそうな。
一種の願掛けみたいなものなのかもしれない。
「それでは、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
屋敷の外まで見送りにきたアルセーヌは、深々とお辞儀をした。
「アルセーヌ、後のことは頼んだぞ」
「はい。旦那様たちが不在の間、この屋敷は『我々』がお守りいたします」
「チューッ」
アルセーヌの足元に整列したハムちゃんたちが、ビシッと敬礼する。い、勇ましい。
「チュウ」
私の肩に乗っていたララが彼らの元へ降り立ち、チューチューとネズミトークを始める。恐らく「ララ様、奥様を頼みましたよ」「はい! 任せてください!」といった会話を交わしているのだろう。時折、私をチラチラと見上げてくる。
「いってきまーすっ!」
ネージュは馬車の窓から身を乗り出し、アルセーヌたちに向かって大きく手を振った。その横で、私も控えめに手を振る。
さあ、いざ行かんエクラタン王城!
久しぶりに訪れた王都は、相変わらずの賑わいを見せていた。
けれど、気になることが一つ。私の知るお店がいくつも潰れていたり、別の店に変わっていた。
「まさか王都にも、不景気の波が……っ」
「いや、そういうわけじゃない」
ゴクリと息を呑む私に、シラーは窓の外に視線を向けながら言った。
「閉店したのは、いずれも例の横領事件に加担していたところだ」
「そうでしたの!?」
「本人たちはレイオン団長や警察に脅されていたと主張したが、協力した見返りとして多額の報酬を受け取っている以上、そんな言い訳は通用しない。二度と同様の事件が起こらないよう、見せしめという意味も込めて、厳しく罰せられたそうだ」
はしゃぎ疲れて眠っているネージュの頭を撫でながら、シラーは淡々と語った。
あんな奴らに関わったがために、人生を棒に振っちゃったのか。まあ自業自得だけど。
市街地を抜け、木造の掛け橋を渡ると前方に王城が見えてきた。
鉛筆のようにとんがった青い屋根と、雪のように白い外壁が特徴の綺麗なお城だ。
「ネージュ、城に着いたぞ」
「むにゅ……? あっ、おしろさん!」
ネージュが目を輝かせながら、窓に張り付いている。
一方私は、先ほどから手首の内側を親指でぐりぐりと押していた。確かここには、リラックス効果のある神門というツボがあるのだ。
アンゼリカ18歳。生まれて初めての登城で、ガッチガチに緊張しております。
正門を抜けると、神経質そうな顔立ちのおじいさんが私たちの到着を待っていた。馬車から降りる際、シラーが「あちらの方は宰相閣下だ」と私に教えてくれた。
あの方が宰相なんだ。……で、宰相とはいったい? よく耳にはするが、何をする人なのかはよく分からない。
「さいしょー?」
聞き慣れない名前に、ネージュが目をぱちくりさせる。
「国の政治を纏めたり、陛下の補佐をなさっている方のことだ」
要するに総理大臣みたいなものかしら。
「ようこそ。皆様方の到着をお待ちしておりました」
宰相は右手を体に添え、恭しくお辞儀をした。
お城の侍女たちに荷物を預け、早速玉座の間へ向かう。予想はしていたけど、
「おお。ナイトレイ伯爵夫人、久方ぶりじゃのぅ」
国王陛下は以前と変わらない穏やかな笑顔で、私たちを歓迎してくれた。
「お目にかかれて光栄ですわ、陛下。ご壮健で何よりでございます」
ネージュも私の真似をして、ドレスの裾を摘まんでぺこりとお辞儀をする。
「ナイトレイはくしゃくけのちゃくし、ネジュ……ネージュともーします!」
「そなたがネージュか。可愛らしい子じゃなぁ」
そうなんですよ陛下。うちの子はとっても可愛いんです。
ところで、先ほどから妙な気配を感じる。何かこう、誰かに見られているような。
ふと背後を振り返ると、宝石を鏤めた両開きの扉が僅かに開かれていた。
そしてその隙間から、何者かが室内の様子を伺っている。
「ギャッ」『ギャッ』
私の悲鳴に驚いたのか、扉の向こうでも悲鳴が上がる。陛下が小さく溜め息をついた。
「大人しく部屋で待つように言っておいたんじゃがのぅ。あやつも中へ通して構わんか?」
「私は構いません」
私より先に気配に気付いていたのか、シラーは背後を振り返ることなく答えた。
「……ということじゃ。そのようなところでコソコソしとらんで、とっとと入って来んか」
陛下がそう促すと、扉がゆっくりと開かれた。




