42.みんなといっしょ
さて、その翌日。
「えっ、みんなで『おしろ』いくの!? ネジュもいっしょ!?」
「お父様、ずっとお城でお仕事頑張っていたでしょう? だからそのご褒美にって、陛下がご招待してくださったのよ」
「ネジュ、おしろにいくのはじめてなの! とってもたのしみ!」
犯人の目的がはっきりしない以上、ネージュにも危険が及ぶ恐れもある。そんなわけで、この子も一緒に連れて行くことになったのだ。
「あのね、おかあさま。ララもつれていっていい?」
「もちろんララも一緒よ。皆でお城にお泊まりしましょうね」
「やったー! よかったね、ララ!」
自分の手のひらにちょこんと収まっているララに向かって、ネージュが笑いかける。するとララも、嬉しそうに親指にすりすりと頬擦りをした。
アーッ、可愛い!! 天使とハムちゃんの組み合わせなんて、可愛いに決まってるじゃない! この世界にスマホがあったら、連写していたのに!
おっと、二人の尊さに現実逃避してる場合じゃない。
私は昨日、カトリーヌと交わした会話を思い返していた。話し合いが終わり、部屋に戻ろうとしたところを義姉に呼び止められたのだ。
「そういえば、陛下からお前に伝言を預かっている」
「伝言?」
「『ワシの息子夫婦に、あの卵料理を作ってくれんかのぅ〜』……とのことだ」
陛下のモノマネ、めっちゃ上手いな。いやいや、そうじゃなくて。
息子夫婦って、王太子夫妻のことよね? 陛下の子供って、確か一人しかいないはずだし。
「陛下から話をお聞きになった王太子殿下が、是非妻と子供にもと仰っているそうだ」
「で、ですけど卵焼きなんて、お城の料理番の方々も作れると思いますわよ」
陛下の好物とあって、作り方を熟知しているのでは。絶対私より美味しく作れるはず。
『伝言にはまだ続きがある。『フライパンの精霊具を一目見たいと孫にねだられてのぅ〜』……とのことだ」
あ、そういうことですか。
だけど陛下には、王命を発令してくださった恩がある。よっしゃ、やってやらぁ!
「分かりましたわ。私にお任せください!」
「助かリーヌ」
こうして私は、ロイヤルファミリーに卵焼きを献上することになったのである。
一抹の不安が胸を掠めたが、そこはあまり考えないことにした。
「おかあさま、とかげさんもうれしいって!」
ここ最近の落ち込みぶりが嘘のように、フライパンは元気そうに部屋の中を飛び回っていた。ズッ友の陛下だけじゃなくて、水差し丸とも会えるかもしれないものね。でもたまに火花が降ってきて熱いから、そろそろ降りてきておくれ。
「チュウチュウ」
後ろ脚で立ち上がったララが、私とネージュに何かを一生懸命訴えかけてくる。
「え、何て?」
「チュウ! チュウーッ!」
ごめんなさい、ララ。私、ネズミ語は習得してないから……!
「おかあさま。ララが、おなかすいたって!」
「チュッ!」
ネージュの言葉に合わせて、ララが深く頷いた。心なしか、つぶらな黒い瞳が潤んでいる。
というか、ちょっと待って。
「……ネージュ、あなたララの言葉が分かるの?」
「うん! ララはララだもんっ」
理由になっているような、なっていないような。でも可愛いから、まあいいか……。
だけどネズミって、何を食べさせればいいのかしら。小動物のお世話をしたことがないから、ちょっと分からない。
よし、困った時はうちの有能執事を頼りましょう。
「ネズミは雑食ですので、基本的には何でも食べます。野菜、肉、昆虫など……」
「昆虫っ!? 虫食べるの!?」
「はい。例えば厨房などによく現れる黒くて逃げ足の速い……」
「イヤーッ! それ以上言わないで!」
私は叫び声を上げて、アルセーヌの説明を遮った。ララも私の手のひらで、ブンブンと首を横に振っている。
「あとは植物の種子でしょうか。特に向日葵や南瓜などがおススメでございます」
そういえば、ハムスターは向日葵の種が大好きなんだっけ。それならすぐに用意が出来る。
うちの庭園では向日葵も育てていて、その種を食用として収穫しているのよね。ビタミン類やカルシウムなどの栄養価が高いスーパーフードなのだ!
というわけで、早速殻を剥いたものを用意した。アルセーヌ曰く、向日葵の種は高カロリーなので、たくさん与えるのは厳禁。まずは一粒だけ。
「お待たせ。どうぞララ」
「チュウ!」
ララは小さな前脚で種を受け取り、ポリポリと食べ始めた。
あっという間に完食し、おかわりを催促するように私を見上げてくる。相当腹ペコだったようだ。
「ふふっ。よく味わって食べるのよ」
もう一粒あげて、食べる様子をじーっと観察する。黙々と種をかじる姿を見ているうちに、なんだか私も食べたくなってきた。
「美味しそうね……」
「チュッ」
ララがビクッと体を震わせ、種を落とした。
「違う違う。ララのことじゃなくて」
明らかに怯えとる。私は笑いを堪えながら、誤解を解こうとした。




