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41.養子

 貴族にとって、民衆の信頼を得るのは決して楽なことじゃない。内政を少しでもミスれば非難の嵐が吹き荒れる。そもそも平民の間では、貴族=浪費家という負のイメージが定着しているのだ。

 実際には経済状況がカッツカツで、使用人も満足に雇えないような家も少なくないが、そういった内情はあまり知られていない。まあ「我が家は貧乏です」と馬鹿正直に言うわけにもいかないしね。


 そんな貴族たちが、手っ取り早く好感度を上げる方法がある。

 親兄弟のいない孤児を、自分たちの子供として迎え入れるというもの。それだけで、領民思いの心優しい領主を簡単に演出できるのだ。

 それを目論んだルミノ男爵は、十五年ほど前に孤児院で一人の女児を引き取った。名前はアンゼリカ、つまり私だ。


 人々はルミノ男爵を称賛した。しかし養子を迎えて好感度アップ作戦など、その場しのぎのパフォーマンスでしかない。時が経つにつれて「で、内政は? いつになったら、俺らの生活は楽になるの?」という声が挙がり始めた。


 ところがルミノ男爵は、それで全てが解決すると思い込んでいた。

 よって領民たちの声をガン無視した結果、彼らからの信用を失っていった。

 今、あの家はどうなっているんだろうか。


「ナイトレイ伯爵夫人が元平民……」


 オッサンAが小さな声で呟く。いまいちピンときていない、といった表情だ。


「どうなさいましたか?」


 アルセーヌが二人に尋ねた。


「あ、いえ……裏表がなく、物腰柔らかで気品のあるお方とお見受けしていましたから。むしろシャルロッテ様の方が……なぁ?」


 オッサンAに話を振られた御者が「ああ」と同調する。


「あの方は外見だけです。レイオン元団長が何故あなたではなく、シャルロッテ様を選んだのか理解できません」


 そんなはっきり言わなくても。

 どんどん話が脱線して、シャルロッテの悪口大会に発展しそうだ。カトリーヌが「それよりも」と強引に話題を切り替えた。


「アンゼリカが狙われたのは何故だ。何か心当たりはあるか?」

「いえ。理由までは聞き出すことが出来ませんでした」


 うっかりシャルロッテを怒らせてしまって、それどころじゃなかったもの。

 私の言葉を最後に、広間が静まり返る。目的も分からないのに攫われそうになるって、結構怖いんだが?


「まあいい。まずはこれからの指針を決めよう」


 重苦しい空気が立ち込める中、シラーが口火を切った。


「ララたちを元の姿に戻すことですわね!」

「まずは君の身の安全の確保だ。彼女たちのことは二の次に考えろ」

「アッ、ハイ」


 だけど皆も早く戻りたいんじゃないかしら。

 目線を下に落とすと、私の手のひらでララが仰向けになってスピスピと寝息を立てていた。順応力たっか。

 シラーに視線を戻すと、腕を組んで瞼を閉じていた。そうやって悩んでいる様子もイケメンだわ。

 やがて考えが纏まったのか、シラーは再び瞼を開いた。


「王都に行けば、国立図書館がある」


 国内最大の図書館だ。約190万の蔵書を有し、その中には希少な書物も含まれているため、入館するには厳しい審査が必要とされている。


「あそこなら、ララたちの魔法を解く手がかりが見付かるかもしれない。ついでに調べてみよう」

「ついで? 他にも何か用事がありますの?」

「エクラタン王城に君の保護を要請する」


 はい?


「あそこなら常に厳重な警備が敷かれている。この屋敷よりも安全なはずだ」

「そ、それはそうかもしれませんけど……」


 お城の人たちの迷惑になるんじゃないだろうか。

 それに言っちゃなんだけど、貴族が狙われるなんてよくある話だ。私の場合未遂に終わったわけだし、少し大げさなんじゃないかしら。


「お前の身に危険が及んだ時は、直ちに城へ避難させるようにと陛下から仰せつかっている」


 私の心を見透かしたように、カトリーヌが言った。


『お前は新たな精霊具の発見者であり、現在我が国にとって最重要人物とされている。何としてでも守らなければならないというのが、陛下のご見解だ』

「はい……」


 ぐうの音も出ない。守ってくれるのはありがたいけれど、こんなことに巻き込んでしまって少し気が引ける。けれど身の安全を考えるなら、お世話になったほうがいいわよね。これは私だけの問題じゃないもの。


「では後ほど、陛下に書状を送りましょう。ところで、この方々の処遇はどうなさいますか?」


 アルセーヌがちらりとオッサンAと御者を見る。


「高位貴族を誘拐したんだ。死罪が妥当なところだろう。……ちなみに、君はどう思う?」


 シラーに話を振られ、私は二人へと視線を向けた。


「彼らは、ただお姉様に脅されて従っていただけです。なのに死罪だなんて、そんなの絶対に反対ですわ」

「刑を免れるための作り話の可能性もある」

「たとえそうだとしても、私は私のせいで誰かが死ぬなんて嫌ですわ」


 私はシラーを真っ直ぐ見据え、きっぱりと言い切った。

 だって「犯人が死んだ! ざまぁみろ!」とガッツポーズ出来るような性格じゃありませんし。多分暫く引きずると思う。

 私の言葉にシラーは深く息を吐いた。


「……貴族に対する犯罪行為は、本来なら問答無用であの世行きとなる。だが被害に遭った家が減刑の嘆願書を提出すれば、話は別だ」

「旦那様、それじゃあ……!」


 期待に声を弾ませる私に、シラーは「今回だけだ、今回だけ」と念押しするように言った。それから黙り込む二人へと視線を移す。


「君たちも次はないと思え。いいな?」

「……はい。寛大な措置、感謝いたします」


 彼らはその忠告を噛み締めるように深く頷いた。そして立ち上がり、私の席の前で「ありがとうございます」と膝を突いたのだった。



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