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あなた方の元に戻るつもりはございません!【書籍化】  作者: 火野村志紀


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40.変化魔法

 ゲージを別室に移してから、アルセーヌはナイトレイ姉弟を広間に連れてきた。

 悠然とした足取りで入室する二人だったが、私の前を陣取る小麦色のハムちゃんを見るなり、動きを止める。そして「話が違うぞ」と言いたげな視線をアルセーヌへ向けた。


「話の妨げになるから、彼らは他の部屋に移動させるようにと言ったじゃないか」


 ハムちゃんをチラチラ見ながら、シラーが抗議する。

 ネズミが数匹いる程度で、何の妨げになるというのか。常時回し車をカラカラ鳴らしているわけじゃあるまいし。

 あからさまに警戒している二人に、アルセーヌはコホンと咳払いをした。


「あちらのネズミは、ララでございます。ゲージの中に入るように促しても奥様のお傍を離れようとしないので、本人の好きにさせることにしました」

「ということですわ。常に私の傍にいるようにとララに命じたのは旦那様なのですから、納得していただけますわよね?」


 ララの頭を指で優しく撫でながら念押しする。うら若き乙女のララをむさ苦しいハムちゃんズの中に加えることには、私も抵抗があった。


 一方、ネズミの正体がうちの侍女と知ったシラーは、「は?」と目を丸くしていた。


「ちょっと待て。それじゃあ、さっきのネズミたちも……」

「うちの屋敷を守っていた兵士ですわ。それと旦那様、お戻りになるのが早過ぎません?」


 私が誘拐されたと悟ったアルセーヌは、至急王都にいるシラーへ手紙を送ったそうだ。けれど、どれだけ急いだとしても届くまでには時間を要する。手紙を受け取ったシラーもすぐに帰って来られるわけではない。

 まるで、こうなることを予見していたかのような迅速さだ。


「実は、王都にマティス騎士団の生き残りが避難してきたんだ。ルミノ男爵令嬢が君を狙っていると知らせてくれた。仲間たちが彼女に脅されているところを目撃したそうだ」

「その情報が私たちの耳に入ったのは、今まさに会議が始まろうとしていた時だった。弟が慌てて会議室を飛び出して行ったので、私もそれを追いかけて……モガ」

「そして屋敷へ向かっている最中に、アルセーヌから手紙を託された兵士と運良く合流し、君が誘拐されたと聞かされた」


 姉の口を手で塞ぎながら、シラーが淡々とした口調で語る。しかし心なしか苛立っているように聞こえて、私は目を伏せた。


「……お騒がせして申し訳ありませんでした。私のせいでこんな大事になってしまって」


 膝の上で両手をぎゅっと握り合わせ、謝罪を述べる。


「君はれっきとした被害者だ。何の非もない」


 シラーの言葉に私は首を横に振る。


「たかが私一人を誘拐するために、他の方々まで巻き込むなんて……いくら何でもやり過ぎですわ」


 ネージュもシャルロッテの毒牙にかかっていたかもしれないのだ。あれっ、今の私ってとんでもないお荷物女なのでは!?

 ああ、穴があったら入りたい。


「責任は今回の事態を未然に防げなかった私たちにある。お前が頭を下げる必要はない」

「カトリーヌ様……」

「それよりも、誘拐された時の状況を詳しく知りたい。覚えていることを話せ。どんな些細なことでもいい」

「りょ、了解ですわ」


 脳をフル稼働させ、あの時の出来事を思い返してみる。

 ララに化けていたシャルロッテ。ネズミに変えられたオッサンズ。シャルロッテにキレて逆襲したララ。

 そして突如現れて、消えてしまった少年のネージュ。


「…………」

「どうした。何か気になることでもあるのか」


 カトリーヌに声をかけられ、「いえ!」と短く返す。私は一連の出来事を事細かに語った。

 シラーは顎に手を当て、カトリーヌは腕を組み、私の話に耳を傾けていた。


「……つまり、君を救った人物については何も分からないと?」

「ええ。ですが多分木魔法の使い手だと思いますわ」


 それがネージュということは伏せた。「娘が男装の麗人になって助けてくれました」と言っても、信じてくれないだろうし。


「しかし自身や他者の姿を自在に変えられる、か。それは恐らく変化魔法だろう」

「へ、変化?」


 そんな魔法があるなんて初めて知った。

 というより、シャルロッテが魔法を使えることにも驚いた。私の実家は華やかな高位貴族ではなく、貧乏貴族なのだが。


「治癒属性魔法並みに希少な魔法だからな。君が知らなくても無理はない。……いや、君も関係しているか」


 はい?


「君を誘拐したのは、ルミノ男爵令嬢で間違いないんだな?」

「ええ。あれはどー見てもうちの姉ですわ。間違いありません!」 


 私がきっぱりと断言すると、シラーの口から思いがけない事実が明かされた。


「ルミノ男爵家は、とある伯爵家の血筋を引いている。そしてその家は、代々変化魔法の使い手を輩出していたんだ」

「えっ」

「……自分の家のことだぞ。両親から何も聞かされていないのか?」


 呆れ混じりに聞かれたので、私はコクコクと頷いた。何のことやらさっぱりである。


「今から200年ほど前、その家の令嬢が一人の公爵子息に想いを寄せていたが、彼には婚約者がいたんだ。だが令嬢はどうしても子息を諦め切れなかった。そして変化魔法を使うことを決めたんだ」


 シラーが淡々とした口調で語る。


「令嬢は公爵子息の婚約者に成りすまし、逢瀬を繰り返していた。しかし結局はバレて逮捕され、裁判が始まる前に自らの命を絶ち、両親である伯爵夫妻も後を追うように自害した。その後、変化魔法そのものが危険視され、殺害されたり不審死を遂げた者もいる。そしてその数少ない生き残りが」


 君の先祖だ、とシラーは締め括った。

 お、重い……! 胃もたれを起こしそうな激重ストーリーを突然お出しされて、ちょっと咀嚼するのに時間がかかっている。不審死ってどう考えても、暗殺されたのでは?

 というより、ちょっと待った。


「うちの両親は魔法なんて使えませんわよ?」

「隔世遺伝というものだろう。何かのきっかけで、発現したのかもしれない」

「きっかけ……」

「僕は、君の姉をそそのかした男が関係していると思っている」


 そういえばシャルロッテも『隠されていた力を目覚めさせてくれた』って、得意気に話していた。「そうだったわよね?」とララに確認すると、小さな頭が上下に大きく動いた。


「あの……それはつまり、ご夫人も変化魔法を使える可能性があるということですか?」


 オッサンAが恐る恐る私に尋ねた。目の前で仲間が小動物に変えられた瞬間を見ているせいか、怯えた目をしている。

 こりゃ完全にトラウマになってるわね。


「心配しなくても、多分私は使えませんわ。だって、お姉様とは血が繋がっていませんもの」


 私はそう言って、お茶請けのクッキーを口に運んだ。

 オッサンズが驚いた様子で私を見る。それとは対照的にナイトレイ姉弟とアルセーヌは、訳知り顔だ。

 そう、私はルミノ男爵の実子ではない。



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