39.騎士団の崩壊
民衆側に寝返ったり、王都に逃げ出したりと、散り散りになってしまった騎士団。
その中でも騎士団としての誇りを最後まで持ち続け、反乱の鎮圧に奮闘していた人たちが、このオッサンズだ。
横領事件に関わっていたレイオンや一部の幹部は解雇され、マティス騎士団はガッタガタの状態だった。そこに追い打ちをかけるように、民衆の反乱が発生した。
本来であれば、陣頭指揮を執るのはマティス伯爵だろう。ところが、マティス伯爵は反乱を抑えるのではなく、自分や家族が領内から脱出することを最優先とした。
至るところで暴動が起き、騎士団の兵舎にも武装した暴徒が迫っていたが、それらをガン無視して自分たちだけトンズラする計画だった。
度重なる愚行に、とうとう兵士たちも愛想を尽かした。
あとはもうやりたい放題。マティス伯爵一家を護衛するはずだった兵士の中には、領民側についた者さえいた。
ハムちゃん二匹を含めたオッサンズたちは、兵舎の防衛を担っていたそうだ。けれど多勢に無勢。波のように押し寄せる民衆たちには構わず、命からがら逃げ出した。
その後も行く当てがなく、ひたすら暴徒たちから逃げ続けていた彼らに目を付けたのがシャルロッテだ。
『あなたたち、私に協力してくださる? 誘拐しなくてはならない人がいますの』
レイオンの婚約者に手を貸す義理はない。当然彼らは断ろうとした。
『すまないが、他を当たって──』
『言っておくけど、あなたたちに選択肢はないわよ?』
妖艶な笑みを浮かべるシャルロッテに、指先を向けられる。直後、彼らは小さな芋虫に姿を変えられてしまった。
シャルロッテは芋虫たちの傍らに木の枝を突き立て、冷ややかな声で言った。
『もう一度聞くわ。私に協力してくださるわよね?』
体を自由に動かせず、口を利くことも出来ない。その時の恐怖は相当なものだったろう。
こうしてオッサンズは、シャルロッテに服従する道を選んだのだった。
「よもや、マティス領内でそのようなことが……」
アルセーヌは驚きが隠せない様子だった。
「ですが理由はどうあれ、あなた方は奥様の誘拐に加担しました。そのことは理解していますね?」
一転、厳しい表情に切り替わったアルセーヌの問いに、オッサンAと御者は「はい」と素直に頷いた。命からがら逃げ出したのに、シャルロッテに無理矢理従わされて大変だっただろう。仲間もハムちゃんに変えられて……
「ハムちゃんっっ!!」
「奥様、どうなさったのですか?」
「大変よ、アルセーヌ! このハムちゃ……ネズミたちは人間なの! うちのバカ姉に姿を変えられちゃったのよ!」
オッサンAの胸ポケットから取り出した二匹のハムちゃんを、アルセーヌに見せる。人間の意識が残っているかは定かではないが、つぶらな瞳で見上げてくるハムちゃんたちに、執事は「姿を変えられた?」と訝しげに眉を顰めた。信じてもらえてない!?
「本当よ! 私の目の前でシャルロッテがビッと指差したら、ポンッてネズミになっちゃったのよ!」
「落ち着いてお聞きください、奥様。実は、屋敷の周囲の警備にあたっていた警備兵や門番の行方が分からなくなっています。そして彼らと入れ替わる形で、謎のネズミたちが現れました。随分と人に慣れている様子でしたが……」
「そ、それってまさか……」
「そのまさか、かもしれません」
私とアルセーヌは、早足に広間へと向かった。
テーブルの上に置かれていたゲージの中を覗き込むと、途方に暮れた様子で天井を仰ぐネズミたちの姿があった。めっちゃ哀愁が漂ってる。
「……ジョナサン・コナー」
アルセーヌが行方不明になっている兵士の名前を口にする。
「チュウッ!」
一匹のネズミが右前脚を高らかに上げた。
私とアルセーヌは、互いの顔を見合った。あのバカ姉、兵士たちを片っ端からネズミに変えていったのね。そりゃ庭園にも侵入出来るわけだわ!
その後も行方不明になっている兵士の名前を呼ぶ度に、ネズミは次々と挙手していった。兵士の人数と、ここにいるネズミの数もちょうど一致する。
「しかし……全員保護出来たようで安心しました。この姿のままで遠くへ行っていたら、他の動物に襲われていたかもしれません」
「ま、待って、ララは? ララがいないわよ!?」
檻の中をくまなく探してみるが、ハムちゃんズはこれで全員だ。てっきりララも魔法でネズミにされたと思っていたのに。
それとも、あの子だけは違う姿にされていたのかしら。犬? 猫? 虫とかだったら、その辺を飛んでいる野鳥に食べられ……ウワァァーッ!!
「チュウ、チュウ」
その時、耳元で可愛らしい鳴き声がした。私に懐いてずっと肩に乗っていたハムちゃんだ。ララの髪の色と同じ、茶色い毛並みのその子は私と目が合うと、ピシッと右前脚を上げた。
「あなた……ララ?」
「チュウ!」
「よ、よかった〜〜っ!! ずっと傍にいてくれたのね!」
私は半泣きになりながらララに頬擦りした。シャルロッテのドレスにしがみついて、こっそり荷台に乗り込んでいたのね!
「私を助けてくれてありがとう、ララ」
ララがいなかったら、私は芋虫として新たな人生を迎えるところだった。……だけどまあ、自分の姿に化けているシャルロッテに、相当ブチ切れていたんじゃないかしら。執拗に顔を狙っていたし。ララ(中身:姉)VSハムちゃん(中身:ララ)の激闘をしみじみと思い返す。
ノックもなしに、突然ドアが開かれた。
広間に入ってきたのは、現在王都にいるはずの旦那……と義姉だった。両者とも、今までにないくらい険しい表情をしている。何だ何だ、戦でも始まるのか!?
「アルセーヌ。まずはアンゼリカが誘拐された時の状況を聞かせろ。それから使用人たちの安全確保を……」
シラーの言葉を遮り、私は小さく手を上げて言った。
「それは私の口から説明しますわ」
シラーとカトリーヌは「ん?」と、ほぼ同時に私へ目を向けた。流石姉弟、息がピッタリだ。次に私の手前にいるララに視線を移す。
途端、二人は真顔で後退りを始めた。動画を逆再生しているかのような動作でドアを閉め、退室してしまった。
「ねえ、アルセーヌ。もしかしてあのお二人って、動物が苦手なんじゃ……」
「いいえ。当主たる者、小動物に臆するようなことは決してございません。ただ近寄られると、何故か動悸が止まらなくなり、勝手に足が後退してしまうだけでございます」
滅茶苦茶怖がってますわね。




