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33.しょんぼり水差し丸

「水を生む精霊具。この事実は伏せて、雨爪病の特効薬が完成したという情報だけ拡散するんだ。そうすれば、リスクは幾分か低くなる」

「……そんな簡単にいきますの?」

「城には叔父上がいる。情報操作は、あの人が何とかしてくれるだろうさ」


 一番大変なお仕事は、ミスターフロッグに丸投げかい!

 と、アルセーヌが疑問を口にする。


「しかし如何にプレセペ伯と言えども、軍そのものを動かす権限は……」

「その権限を持つ御方にも協力していただくまでだ」


 そう言いながら、シラーが水差しへ手を伸ばそうとした時である。

 突然蓋がパカッと開き、無数の水鉄砲がシラーへと襲い掛かった。


「おっと、危ない」


 こつん。シラーが踵で軽く床を叩くと、彼の目の前に石の壁が突き上がって水鉄砲を受け止めた。しかし貫通は免れたものの、分厚い壁に穴が空いている。


 ウォータージェットってやつ? というより、何でいきなり攻撃をしたの!?


「……もしかすると、勝手に話を進められてお怒りになっているのかもしれませんな」


 アルセーヌがぼそりと言った。

 そうだった。精霊の意見を訊いていなかったわ。


「ご、ごめんなさいね。ですが、多くの人の命がかかっていますの。私たちに力を貸してくださら……ぶはぁっ!」


 どうにか説得を試みようとすると、顔面に水をぶっかけられた。まずい、完全に心を閉ざしている。


「ははは。女性の顔に水をかけるなんて、無礼な精霊だな」

「旦那様も、そんな怖いお顔で煽らないでくださいまし!」


 シラーに狙いを定めて、再びウォータージェットが放たれる。今度も石壁で防げたからいいけど……何か殺意が高くない!?


「奥様、大丈夫でございますか!?」

「え、ええ……」


 アルセーヌから受け取ったハンカチで顔を拭く。

 それにしても、マジでどうしよう。目の前で繰り広げられる攻防戦を、固唾を呑んで見守っていた時だった。


「おかあさまをいじめないで!」


 いつの間にか、扉の前でネージュがこちらを睨み付けていた。怒りからか、ふっくらとした頬が赤く染まっている。


「にんぎょさん……だいきらいなのっ!!」


 そして目をぎゅっと瞑ってそう叫んだ途端、水差しの表面に大量の水滴が浮かび上がった。

 お? と思っていると、水差しがガタガタと大きく揺れ始める。注ぎ口から水がバッシャバッシャと零れているが、お構いなしだ。

 執務室がどんどん水浸しになっていく。アルセーヌがささっと机の上の書類を避難させているが、床には大きな水溜まりが出来上がっていた。

 こ、これは……!


「ネージュ様のお言葉でショックを受けておられるようですね……」


 アルセーヌが少し気の毒そうに言う。えぇぇえぇっ、この精霊メンタルが弱すぎない!? いや、私もネージュに大嫌いって言われたら傷付くわ。


「ネ、ネージュ。私は大丈夫よ。ほーら、仲良し!」


 水差しを抱えて、仲直りアピールをしようとする。


「にんぎょさん、おかあさまからはなれてっ!」


 ダメかーっ! ネージュの中で水差し……というよりも、『にんぎょさん』の印象が最悪なことになっている。フライパンのことは『トカゲさん』と呼んでいるし、精霊の声が聞こえるだけじゃなくて、姿形も見えるのかも。


「って、ちょちょちょ! 落ち着いてくださる!?」


 私の腕の中で、バイブレーションを続ける水差し。そのせいで私のドレスが大変なことになっている。

 どうにか落ち着かせようとしていると、ある異変に気付く。

 蓋の部分の青い宝石が少しずつ透け始めていた。き、消えかけてるっ!?


「だ、旦那様! 精霊が召されそうですわ!」

「仕方がないな……!」


 シラーが忌々しそうに呟き、水差しに手を翳す。

 次の瞬間、水差しは透明な氷に包まれていた。けれどそれを抱えている私は、不思議と冷たさを感じない。

 震えもピタリと止んだが、青い宝石はそのまま残っている。だから精霊も無事……のはず。


「ネージュ。この精霊は何も悪くない」


 シラーは私から氷漬けの水差しを受け取ると、ネージュの前に腰を屈み込んだ。


「その、何だ。……僕が悪いんだ」

「おとうさま?」

「……そういうことになる。この精霊はそれに対して怒っただけで、アンゼリカは巻き込まれただけなんだよ」

「おとうさまのせい?」


 ネージュが少し怒った顔になる。シラーの肩がぴくりと揺れるのを私は見逃さなかった。


「そうだ。うん……」

「……にんぎょさん、だいきらいっていってごめんなさい」


 ネージュがぺこりと頭を下げると、水差しを覆う氷が砕けて青い宝石が輝き出した。


「おとうさまも、あやまるの!」

「うん……悪かった。今、この国では多くの民が苦しんでいる。あなたの力を貸してもらえないだろうか」


 シラーが水差しに向かって、神妙な顔付きで頼み込む。すると宝石がもう一度強く光った。多分……和解出来た、のよね?

 ほっとしたのも束の間、シラーがアルセーヌに空の樽を用意するように命じた。


「うちの領に出来るだけ水を置いていく。それを各地に行き渡らせ、症状の重い患者に優先的に摂取させるんだ」

「かしこまりました」


 二人のやり取りを聞いていた私は、はたとある問題に気付く。


「いくら精霊具の水だとしても、何日も放置しておいたら腐るかも知れませんわ!」


 厳密に言うと水そのものは腐らない。だが空気に触れたり、コップなどに付着している雑菌が混ざって繁殖すると腐敗すると言われている。

 そんなものを飲んだら、雨爪病が治ってもお腹を壊すと思う!


「なるほど。やはり腐敗の恐れはあるか」


 シラーは合点がいった様子で頷いてから、こう言った。


「それじゃあ、凍らせておくか」


 屋敷の中に運び込まれた樽は、物置に保管されていたものだった。そうは言っても定期的に手入れをしていたようで、新品同様……とまではいかなくても状態がとてもいい。

 それらをしっかりと消毒してから、精霊具で作ったスポドリもどきを注いでいく。

 数十本の樽が満タンになったところで、シラーがパチンッと指を鳴らす。

 直後、真冬の風を彷彿とさせる冷気が吹き荒れ、その場にあった樽の水が全て凍り付いた。


「瞬間冷凍機……」

「レイトーキ? 何だいそれは」


 私がぼそっと呟くと、シラーが訝しげな視線を私に向けた。あなたのことですわよ。

 それにしても、旦那様の魔法は本当に多彩だ。水のバリアで爆発から身を守ったり、火柱を起こしたり、物を氷漬けにしたり、石の壁を出したり。

 ……いや、おかしい。この世界の高位貴族は、魔法が使うことが出来る。そこまではいい。


 だけどレイオンは火、ネージュは木、メテオールは水というように扱える属性は一人につき一つだけ。

 なのに、どうしてシラーは様々な魔法が使えるのだろう。まるで『Magic To Love』の主人公リリアナのようだ。


「まさか……」


 ………………ヒロイン役が変更?

 私の脳裏に、パステルピンクのドレスを着たシラーが思い浮かんだ。





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― 新着の感想 ―
[一言] 樽ごと凍ったら普通は膨張(約一割増)で弾け飛ばないかな? タガが一割も伸びたら、今度は溶けた時に漏れるだろうし…
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