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3.ナイトレイ伯爵邸

「アンゼリカ様の身柄は、ナイトレイ伯爵家でお預かりする手筈となっております」


 身柄を預かるって、バリバリ犯罪者扱いなんですが? まあ、シャバの空気が吸えるだけ幸せか。

 自分の部屋に戻って、バッグに手早く荷物を詰め込んでいく。ドレスも三着しかないし、私物なんて殆どないから数分で終了ッ!

 部屋から出て行こうとする前に、埃を被った姿見へ目を向けた。

 着古したドレスを纏った女が映っている。

 くすんだ灰色の髪と、生気が宿っていない緑色の目。

 今年二十歳になったばかりなのに、やたらと老けて見える。これじゃ、いくら釣書を送りまくっても、誰にも見向きされないわけだ。


「お待たせいたしました。さあ参りましょう」


 居間に戻ってアルセーヌに声をかけた。


「かしこまりました。では、ご両親とのお別れを済ませてください」

「必要ありません。どうぞ娘を連れて行ってください」


 にこやかな顔で言う母の横で、父も大きく頷く。

 演技でもいいから、娘との別れを惜しみなさいよ。


「お父様、お母様。今まで私を育ててくださってありがとうございました。このご恩は一生忘れま……」

「いいから、とっとと出て行け。いつまでも犯罪者を置いておくわけにはいかん」

「ナイトレイ伯爵に捨てられても、泣き付いて来ないでね。あなたのせいで、我が家は大変なことになったんだから」


 はいはい。黙礼して居間から出て行く。外に停めてあった馬車に乗り込むと、座り心地の良さに驚いた。ふっかふかで、お尻が全然痛くない。

 やがて馬車がゆっくりと走り出した。カッポカッポと馬が走る音が聞こえてくる。向かい側の席には、懐中時計を確認する執事の姿。

 ザ・中世ヨーロッパって感じよね。

 これで行き先がナイトレイ邸じゃなかったら、もっと楽しめたのにな~~!


 ナイトレイ伯爵。ゲームの中では立ち絵が存在しないものの、レイオンをも上回るクズ男である。

 大の女好きで、常に愛人を侍らしている。一番大事なはずの妻は、前述した通り。

 さらに異常な偏食家で、味付けにもうるさい。気に入らない料理を出されると、激昂して何度も作り直させる。その我が儘に振り回され、解雇された料理人は数知れず。

 おまけに不摂生な生活が祟り、ガマガエルのようにでっぷりと太っているのだとか。

 そんなわけで付いたあだ名が『悪食伯爵』。

 兵舎で働いている時も、奴の噂はよく耳にしていた。

 後妻探しに難航しているだとか、エクラタン王国中の貴族令嬢から断られただとか。

 要するにだーれも結婚してくれないので、仕方なく私を買収したのだろう。

 人外の嫁になるとか、第二の人生もハードモード過ぎる。


 心地よい振動に揺られながら外の景色を眺めているうちに、遠くに立派なお屋敷が見えてきた。屋敷というより宮殿だ。実家がウサギ小屋に思えてくる。

 庭園もネズミーランド並みの広さを誇っている。色とりどりの花が咲き、奥には温室らしきガラス張りの建物もある。


「こちらがナイトレイ伯爵邸でございます」


 アルセーヌに手を借りながら馬車を降りる。そして黒塗りの扉を開けて屋敷の中に入ると、使用人たちが出迎えてくれた。

 ……思ってたより人数が少ないな。屋敷の掃除や庭園の手入れはきちんと出来ているのだろうか。


「この方が旦那様のご伴侶となるアンゼリカ様です」

「ふつつか者でございますが、よろしくお願いいたします」


 アルセーヌの言葉に合わせて、私も内心テンパりながら挨拶をした。うう、突き刺さるような視線を感じる。皆に注目されるの、昔から苦手なんだよぉ。

 と、若いメイドが一歩前に出た。


「私はララと申します。アンゼリカ様にお仕えさせていただくことになりました。よろしくお願いいたします」

「ど、どうも」


 専属のお世話係ってことか。身の回りのことは自分でしていたから、ちょっと戸惑っちゃうな。


「旦那様は外出しておりますので、もう少々お待ちください」


 金にものを言わせてゲットした女が来たというのに、お出かけ中とはどういう了見よ。でもまあ、辺境伯は多忙って聞くし仕方ないか。


「本日からお住まいになるお部屋にご案内いたします。その後は、お体を清めさせてください」


 体臭が気になるのかと思いきや、傷んだ髪をケアするためらしい。無駄に豪華で広い部屋に案内されると、新品の下着とタオルを持たされて浴室へと移動した。

 お花の香りのするシャンプーで揉み込むように洗った髪を、トリートメントでしっかりと保湿する。顔や体も柔らかなバススポンジでくるくると磨き上げられた後、温かな泡風呂にも浸かった。


 至れり尽くせりで、天国のような心地だ。だけど、悪食伯爵へ献上するためにピカピカにされていると思うと気が重くなる。注文の多い料理店を思い出す。

 入浴後は青を基調としたドレスに袖を通し、髪型を整えてもらい、化粧も施された。そして姿見の前に立つと……


 誰これ?


 太陽の光を浴びて、キラキラと輝く銀髪。かさついていた頬は透明感を取り戻し、ピンク色のリップを塗られた唇はぷるんっと潤っている。

 目の下のクマがなくなったおかげで、エメラルドグリーンの瞳がよく目立つ。

 この短時間で、草臥れたおばちゃんがおとぎ話のお姫様に進化してもうた。


「とってもお綺麗ですよ!」


 呆然とする私に、ララがにこやかに言う。たった一人で私をここまで仕上げるって凄すぎない?

 いつまでも鏡を眺めていると、アルセーヌが部屋に迎えに来た。ああ、いよいよ補食タイムか……

 重い足取りで、悪食伯爵の執務室へ向かう。


「旦那様。アンゼリカ様をお連れいたしました」


 アルセーヌは二回ノックしてから扉を開いた。

 どうぞ、と促されておずおずと入室した途端、ガマガエルと目が合った。成人男性二人分はあるであろう横幅と、今にもはち切れそうな太鼓腹。頭部もハゲ散らかっている。


「ウヒヒ……若くて綺麗なお嬢さんだ」


 もうダメだ。おしまいだ。

 今すぐ逃げ出したい気持ちをぐっと堪え、震える手でドレスの裾を摘まんでカーテシーをする。

「お……お初にお目にかかります。ルミノ男爵家の次女、アンゼリカと申します」

「ほお。それに、素直そうな子じゃないか。うちの甥をよろしく頼むよ」


 甥? 私がきょとんと固まっていると、ガマガエルは体を真横にスライドさせた。

 巨体に隠されていた黒机と、書類片手に頬杖をつく人物が現れた。

 夜色の艶やかな髪と、ルビーレッドに輝く切れ長の瞳。

 そして、とにかく顔がいい。左目尻の泣き黒子が涼しげな顔立ちを一層引き立てている。

 あんな国宝級の美形なんて、『Magic To Love』にいましたっけ?

 首を傾げる私に、アルセーヌが衝撃の一言。


「あの方がナイトレイ伯爵家の当主、シラー様でございます」

「え……えぇっ!?」


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