26.国王陛下
「俺は何もやってない、俺は何もやってない! 全部その女が悪いんだぁぁぁっ!!」
レイオンの手のひらに、巨大な火の玉が現れる。まさかそれを私にぶつけるつもり!?
会場の至るところから悲鳴が上がる中、レイオンが火の玉を私へ投げつけようとする。
だが、その動きがピタリと止まり、火の玉も氷塊に早変わりした。
レイオンの下半身が、地面から生えた氷に覆われている。
「え、あ……?」
恐る恐る自分の体を見下ろすレイオンに、シラーは喉を鳴らして笑った。
「とことん自分勝手な男だな、団長殿」
「ひっ、何をする気だ……!?」
「だが、これでようやく夢が叶う。ずっとお前を焼き殺してやりたかったんだ」
シラーがそう言い放った直後、突如噴き上がった火柱がレイオンを包み込んだ。
わあ、めっちゃ燃えてる。……じゃないわ!!
「やりすぎですわ、旦那様! 今すぐ火を消してください!!」
「言われなくても分かっているよ」
シラーがパチンと指を鳴らすと、火柱は一瞬にして消えた。
そして、その中から無傷のレイオンが姿を見せる。
「僕にも立場というものがある。今回はこの程度で我慢するさ」
レイオンの周囲にだけ火柱を起こしたらしく、床にも天井にも焦げた跡はなかった。どこからか「流石はナイトレイ伯爵だ」という声と小さな拍手が聞こえる。それを皮切りに、至る所から拍手が上がった。
「うぅ……」
氷も消えて、レイオンは生気をなくした顔でその場にへたり込んだ。情けない姿を晒す息子を、マティス伯爵が呆然と見下ろしている。
「レイオン、お前……」
横領事件に関わっていることを察したからなのか。私に危害を加えようとしたからなのか。それともどちらにもショックを受けているのか、もはや問いただす気力もなくしている様子だった。
と、会場に近衛兵や警官が駆け込んできて、マティス親子を素早く取り囲む。
「マティス伯爵子息レイオン。あなたを魔法取扱法違反により、王都署まで連行いたします」
「え!?」
私に魔法を使おうとしたことで、しょっぴかれるようだ。
「どうしてレイオンだけなんだ! ナイトレイ伯爵も息子に魔法を使ったんだぞ!」
マティス伯爵がシラーを指差して抗議する。
「ですが、目撃者によると正当防衛とのことでしたので」
「過剰防衛だ! 一体誰がそんなことを……!」
「おお、ワシのことかのぅ?」
ファー付きの赤いマントを羽織った白髪の老人が、ゆっくりとこちらへ近付いてきた。その周囲には近衛兵たちに混じってカトリーヌの姿がある。
「へ、陛下……っ」
マティス伯爵が上擦った声で呼んだ。
陛下って……国王陛下!? いやでも、ゲームだともっと若かったはず……そうか。その前の代が、このおじいちゃんだったんだ!
シラーたちに倣って私も深々と頭を下げる。
「レイオン団長は明らかに冷静さを失っておった。頭を冷やさせるためにも、必要な処置だったとワシは考える。天井や床を燃やされたら、話は別じゃったがの」
陛下の言葉に、シラーの笑顔が僅かに引き攣った。……あなた、ギリギリで思い留まっただけで、本気でレイオンを殺ろうとしましたわね?
近衛兵に両脇を抱えられたレイオンが、会場から連れ出されていく。マティス伯爵がふらつきながら、それを追いかける。
もう何が何だか。色々なことが起こりすぎて思考が追いつかない。額を押さえながら溜め息をついていると、陛下がこちらを向いた。
「そなたがナイトレイ伯爵夫人か?」
「は、はい。ご挨拶が遅れました、アンゼリカと申します。お初にお目にかかれて光栄でございます」
「うむ。……そして、その中に例の物が入っておるんじゃな?」
陛下がバッグを見ながら質問するので、私は「はい」と小さく頷いた。
大勢の貴族がいる前で、精霊具を見せるわけにはいかない。私たちは別室に移動することになった。
「ナイトレイ伯爵様っ!」
出入り口へ向かおうとするシラーの背中に、シャルロッテが抱きつく。
「……君はレイオン団長の婚約者だろう。彼について行かなくていいのかい?」
「私……あの方に騙されましたの! アンゼリカは騎士団の資金を使い込んだ最低な女だって……!」
「へぇ。それはそれは」
「お願いいたします。どうか私を助けてください……っ」
小動物のように体を震わせながら、シャルロッテが潤んだ目で見上げてくる。
シラーは少し考えてから一言。
「だけど君、団長が自分の妹と交際しているのを承知で、彼と関係を持っていたんだろ?」
「え……」
「申し訳ないが、僕は噂と違って妻以外の女性に興味はないんだ。慰めて欲しいなら、他を当たるといい」
シラーはそう言い切って、シャルロッテの手を引き剥がした。そして足早に会場から去って行く。
まさか拒絶されるとは思っていなかったのか、シャルロッテが愕然とした表情で固まっている。
少し迷ってから、私は姉に小さく会釈をして会場を出た。今さらレイオンなんかに未練はないし、明らかに沈みかけている泥舟に近付くつもりもない。
「何だ。君も、あの二人に恨み言の一つでも言えばよかったのに。そのくらいの権利はあるだろ」
シラーが肩を竦めて言う。
「いいですわよ、今が幸せなのですから」
私が晴れやかな笑みで切り返すと、シラーは「ああそう」と興味がなさそうに相槌を打った。
長い廊下を歩き続けること数分。離宮の厨房に辿り着く。全員中に入ったところで、見張りの近衛兵が出入り口に立った。しかし精霊具が気になるのか、こちらをチラチラと窺っている。
そうだ。私、今から陛下の前で卵焼きを焼くんじゃん! 横領事件のことですっかり忘れてた!
「では、そなたが保有する精霊具を見せてくれんか」
「か、かしこまりました」
陛下に促されて、心臓がドキッと跳ね上がった。
ええい、ままよ。震える手でバッグからフライパンを取り出す。
「……あら?」
いつもよりフライパンがほんのり温かい。ずっとエプロンに包んだ状態で忍ばせていたからかしら。
「本当にフライパンだ。こんな精霊具があるんだね……」
「ああ。私もいまだに信じられない」
叔父様の呟きに、カトリーヌが頷きながら賛同する。すると陛下の背後に控えていた兵が、私に訝しげな視線を向けた。
「それはまことに精霊具なのか? よもや陛下を謀ろうとしているのでは……」
謀るなら、もっとマトモな偽物を用意するわ!
あらぬ疑いをかけられて反論しようとした時、陛下が皺くちゃの手をフライパンへ伸ばしてきた。
「お待ちください、陛下! このフライパンは迂闊にお触りにならないほうが……」
「いや……大丈夫じゃよ」
ほんとだ。普通に触れている。恐る恐るフライパンを手渡すと、陛下は目を細めながら赤い核を撫でた。
「そうか、そうか……やはりお主じゃったか。まさか再びこうして会えるとは思わんかったぞ」
相槌を打つように、フライパンが赤く発光する。
「アンゼリカ夫人よ、礼を言おう。そなたのおかげで、盟友と巡り会うことが出来た」
陛下はフライパンを抱えながら、私にゆっくりと頭を下げた。近衛兵が「陛下!?」と目を丸くしている。
そして私は、国王にお辞儀をされている状況にテンパっていた。




