25.事件の真相
「騎士団の金は、アンゼリカが盗んだんじゃないの……?」
先ほどから姿が見えなかったシャルロッテが、訝しげな顔でこちらへ近付いてくる。隣に見知らぬ若い男を引き連れて。
当然、レイオンが眉を寄せながら問い詰める。
「おい、シャルロッテ! 誰だ、その男!?」
「暇だからお話ししていただけですわ。だってレイオン様ってば、私をほったらかしにしてお料理を召し上がっていましたから」
「だからって俺以外の男とそんなに近くで……」
「そんなことより、今の話はどういうことですの? こちらの方が仰ったことは本当?」
シャルロッテはそう尋ねながら、シラーに熱視線を送っている。その問いに答えるように、シラーが乾いた笑いを浮かべて言う。
「まあ、本来は内密にお知らせしようと思っていたのだけどね。どこぞの騎士団長が私の妻を侮蔑しようとしたんだ。しかもこのような公の場でだ。……黙っているわけにはいかないだろ」
整った美貌から笑みが消え、レイオンに冷ややかな眼差しを向ける。ここまでシラーが怒ったところを見るのは、私も初めてだった。
「つ、妻……は? 誰のことを言ってるんだ? だってアンゼリカの夫はナイトレイ伯爵じゃ……」
「私がそのナイトレイ伯爵だが。ああ、こちらの御仁は私の叔父だ」
「「は、はぁぁぁぁぁ!?」」
レイオンとシャルロッテの絶叫が綺麗にハモった。
「そんな嘘よ、嘘よ! アンゼリカの旦那様がこんな素敵な方だなんて……聞いてないわ!」
「そうだぞ、アンゼリカ! お前が可哀想だと思って、俺が手を差し伸べてやろうと思ったのに……」
何で私は、二人から責められてるんですかねぇ?
けれどレイオンは、すぐに口撃の矛先をミスターフロッグに移した。
「だ、だが、叔父がそんな見てくれなんだ! 伯爵だっていつかそうな……」
「やめんか、馬鹿者!!」
叫び声が場内に響き渡る。会場の出入口には、引き攣った顔の中年男性が立っていた。
「父上? どうしてここに……父上はパーティーには出席しないと仰っていたじゃないか」
「横領事件の犯人について、お前に確認したいことがあったんだが……まずは謝れ! 早くプレセペ伯爵に謝罪するんだっ!」
レイオンの父親、つまりマティス伯爵が血相を変えて息子へと走り寄る。その切羽詰まった様子に、レイオンはたじろいでいた。
「い、いや、確かに俺も言いすぎたと思う。悪かったよ。だが、同じ伯爵家にそこまで腰を低くしなくたって……」
「何を言っているんだ!」
「第一、プレセペ伯爵なんて聞いたことないぞ。最近陞爵されたばかりで、ろくに領地も持っていないんじゃないのか?」
「そうだね。マティス伯爵家や甥の家に比べたら、領地なんて殆ど保有していないなぁ。それに体型のことでとやかく言われるのは慣れているから、気にしていないよ。フヒッ」
叔父様がお腹を撫でながら、笑って言う。聖人か? いや、聖人だわ。
「僕のことはいいから、ご子息に事件のことを聞いたらどうだい?」
「ご、ご厚情感謝いたします。……いいか。横領事件を担当していた警官のうち、三人が逮捕されたんだ。もしかしたら捜査の時も、不審な行動を取っていたのではないかと……」
マティス伯爵の言葉を遮るように、皿の割れる音がした。肉料理が床に散乱する。
レイオンは目を大きく見開いたまま、固まっていた。
「どうした? 顔色が悪いぞ」
「だ、大丈夫だ。それより、警察官が逮捕されたって……」
「ああ。まず持ち出された金塊がどこで換金されたのか、分かったんだ。事件が発覚した一週間後、とある国で行われたらしい」
マティス伯爵がそう言うと、レイオンの頬が引き攣った。
「金塊には、個別のシリアルナンバーが彫られているのはお前も知っているな? 金庫で保管されていたものと、地金商が買い取ったものの番号が一致したんだ。そして、その金塊を持ち込んだ者たちが──」
「マティス伯爵。そこから先は、場所を移してからのほうがよろしいかと……」
シラーがやんわりと制止しようとするが、興奮気味のマティス伯爵の耳には届かなかった。
「その逮捕された警官たちだったんだ! 調べられないと高をくくったのか、堂々と本名を名乗っていたらしくてな。顧客リストに載っていたそうだ」
それは多分、今ここで言っちゃダメなやつ!
「そ、そうなのか。だけど、どうして今更そんなことが分かったんだ? だって捜査はもう打ち切りになったはずじゃないか……」
そう問いかけるレイオンの声は震えていた。
と、マティス伯爵が何故か叔父様を見る。
「プレセペ伯爵がその国に調査を要請し、こちらからも外務官を派遣したのだ」
「はぁ!? たかが伯爵にどうしてそこまでの権限が……」
「まだそんなことを言っているのか!? この御方は、王城で政務を行う王領伯だぞ!」
「おうりょうはく……?」
「つまり、外務大臣だっ!!」
そうだ……思い出した! 前に新聞でちらっと名前を見たことがあったのよ!
「だいじ……大変申し訳ありませんでしたっ!!」
事態の深刻さに気付き、レイオンは慌てて叔父様へ頭を下げた。けれど、横領事件の話はまだ続く。シラーが清々しい笑顔で語り出したのだ。
「ここまで喋ってしまったんだ。どうせなら、これも明かしてしまおうか。……騎士団と警察が合同で作成した報告書にも、虚偽の内容が含まれていたよ」
「そんなのデタラメだ!」
レイオンが顔を跳ね上げて反論する。
「証言をした者たちが、ある時期を境に金回りがよくなっていたことが私の調査で判明してね。ナイトレイ伯爵家、プレアディス公爵家の両家で王都署の署長に捜査を依頼したんだ。その結果、彼らが嘘の証言をして報酬を得ていたことが分かった」
「そんな話、騎士団は聞いていないぞ!?」
「当たり前じゃないか。あなた方に気付かれぬよう、極秘で捜査を進めてもらったんだ」
レイオンの顔がどんどん青ざめていく。脚も小刻みに震えている。
「だ、旦那様。要するにあの事件は、騎士団と警察による狂言強盗ってことですの?」
シラーが私の問いに頷く。
「そういうことになるな。これから騎士団側からも逮捕者が出るだろうさ」
シラーの視線の先では、レイオンが無言で俯いていた。マティス伯爵が縋るような顔で、息子の両肩を揺さぶる。
「レイオン……お前は事件に関わっていないよな? 信じていいんだよな……?」
「う……」
「う?」
「うわあああああっ!!」
元彼が発狂した。両腕を大きく振り回して、マティス伯爵を強引に引き剥がす。
そして鬼のような形相で私を睨み付け、唾を撒き散らしながら叫び始めた。




