23.素敵なボディーガード?
「ん? ああ、あの二人か……」
私の視線を目で追ったシラーが、わざとらしく肩を竦める。
「マティス騎士団の団長と、その婚約者だ。パーティーに参加していてもおかしくないさ」
「私、壁際に行ってますわ。見付かったら何を言われるか分かりませんもの……!」
私は、シラーの背中にさっと身を隠れた。
無神経な元カレと、私を虐めることが大好きな姉。もう最悪過ぎる組み合わせだ。
「確か婚約者は君の姉だったか。……だが、彼らも場の空気を乱すようなことはしないだろう。コソコソしていると、かえって君のほうが悪目立ちするぞ」
「まあ、それはそうですけれど……」
レイオンとシャルロッテの周囲には、人だかりが出来ている。確か来月、婚姻を結ぶのだと新聞に載っていたような。
王族が主催する夜会に招待されるなんて、やっぱり騎士団長って偉いのね。……待てよ。レイオンがいるということは──、
「お前たちも来ていたのか」
その声に振り返ると、赤いドレスを纏ったカトリーヌがこちらへ近付いてくる。その姿を見て、私は反射的に背筋を伸ばした。
「お、お久しぶりでございます、カトリーヌ様っ!」
「アンゼリカ……」
カトリーヌがじっと私を見詰めてくる。
「カワイーヌ」
「はい?」
「何でもない。忘れろ」
今、この人「カワイーヌ」って言わなかった? 幻聴かしら……。
「シラー、少しいいだろうか。例の件で話がある」
「分かった。……彼女は」
シラーがちらりと私を見る。
「私のことでしたら、どうぞお構いなく」
「しかし……」
「もしレイオン様たちに見付かっても、旦那様の仰る通り堂々としていますわ」
胸に手を当てて言うと、シラーは渋々といった様子で頷いた。「さっき、あんなことを言わなきゃよかった」という顔だ。
「心配するな。アンゼリカの護衛なら連れてきている」
カトリーヌはそう言って、後方に目を向けた。
ドスン……ドスン……。
地響きを立てながら、ソレが一歩一歩こちらへ向かってくる。
「ウヒヒ……久しぶりだな、アンゼリカ夫人」
あなたはガマガエル……じゃなくて、シラーの叔父様!
ちょい待ち、護衛ってこの人なの!?
「よし、叔父上がいるなら安心だな」
「アンゼリカ、叔父上の傍から離れるでないぞ」
私が目を白黒させている間に、この場から離れていく姉弟。
傍から離れるなって言われましても……
口をパクパクさせながら、恐る恐る隣を見る。
「二人が戻ってくるまで、君は私が守るよ。安心したまえ」
叔父様はニタァ……と不気味な笑みを浮かべて言った。
ヘルプミー、ネージュ! 私は心の中で娘に助けを求めた。
会場では燕尾服の男がグラスにワインを注ぎ、ゲストに配っていた。私たちもそれを受け取る。
「フヒッ、乾杯」
「か、かんぱーい……」
叔父様とグラスを目の高さまで上げて、口をつける。
…………きっと高級なワインなんだろうけど、私の口にはちょっと合わないな。渋みがキツい。
どうにか笑顔を取り繕っていると、ふいに叔父様が話しかけてきた。
「隣の部屋には、軽食やジュースが用意されているよ。行ってみようか」
「ええ、是非!」
お口直しが出来るチャンス。ウキウキしながら別室へ向かうと、クロスが敷かれた円卓のテーブルにごちそうが並べられていた。立食形式になっていて、各自料理を小皿に取り分けている。
アップルジュースで喉を潤した後、せっかくなので私も食事をすることにした。
と、叔父様が私のバッグに視線を落とす。
「ずっと持ち歩くのは大変だろう。私が持ってあげようか?」
「いえ、自分で持てますわ。お気遣い感謝いたします」
私はその申し出をやんわりと断った。心なしか、いつもよりもフライパンが軽く感じるのだ。
「それなら、私が代わりに料理を取り分けるよ。食べたいものを言いなさい」
「では……お言葉に甘えさせていただきますわ」
王族の夜会だけあって、豪勢な料理ばかりだ。その中でも気になったものをチョイスしていく。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
私に小皿を手渡すと、叔父様は冷やした紅茶を飲み始めた。
「叔父様は召し上がりませんの?」
「最近は、食べ過ぎないようにしているんだ。蓄えはもう十分だからね」
「蓄え?」
「私のこれは、いざという時に君たちを守るためのものなのだよ」
叔父様はそう言いながら、自分のお腹をポンッと叩いた。
まさかそのビッグボディを肉壁として使う気か? いくら何でも自己犠牲が過ぎるわよ。
「ご無沙汰しておりました、プレセペ伯爵。ご壮健で何よりです」
一人の男が叔父様に軽く頭を下げる。
「やあ。君も元気そうだね。先代はご息災かな?」
「お陰さまで、のんびりと隠居生活を送っております。そんなことよりも、そちらのお嬢様は……」
男が値踏みするような視線を私に向ける。
「彼女はナイトレイ伯爵夫人だ」
「そ、そうでしたか。お初にお目にかかります」
男の顔が僅かに強張った。
「くれぐれも、変な気は起こさないように。ナイトレイ伯爵とプレアディス公爵が黙ってはいないよ」
「ははは。そうでしょうな……では私は、そろそろ失礼いたします」
最後に一礼して、そそくさとこの場から離れていく。
「彼は領地経営には長けているんだが、どうも女癖が酷くてね。ああやって釘を刺しておかないと」
「あ……ありがとうございました、叔父様」
「他にも君を見ている者がいるね。だが、私がいるから話しかけられないみたいだ……フヒヒッ」
さっきから思っていたけど、この叔父様……ものすごくいい人なんだが!?
ガマガエルなのは外見だけで、中身は聖人そのものだ。こうして一緒に過ごしていると、その見た目も何だか可愛く思えてくる。
ガマガエル呼びはやめよう。ちゃんと名前で呼ぼう。でもプレセペってどこかで聞いたことが……
「おかわりが欲しい時は言ってね」
プレセペ伯爵のありがたいお言葉に頷こうとした時だ。
「申し訳ございません。他のお客様のご迷惑となりますので……」
「私は陛下から直々に招待を受けたんだ! お前如きが指図していいと思っているのか?」
この声は。嫌な予感がしつつ振り向くと、使用人相手に喚く元彼の姿があった。




