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21.アルセーヌとの内緒話

『新たに発見された精霊具の異能、この目でとくと拝見したい』


 便箋には綺麗な文字でそう綴られ、下部には陛下のサインが記されている。

 今のところ、精霊具を使えるのは私だけだ。試しにララにも卵焼きを作らせようとしたが、フライパンが発火したり、卵液が固まったりすることはなかった。

 それはつまり、私が王様の目の前で卵焼きを作るということになる。

 どうしよう。私はフライパンを握り締めて、部屋の中をぐるぐると歩き回っていた。

 無理だ、無理無理。ララや料理人たちの前で料理をするのとはわけが違う。

 緊張のあまり、丸焦げにしたり卵液をそこらにぶちまけてしまうかもしれない。


「大丈夫ですよ! 奥様の卵焼き、オムレツよりもしっとりしていて美味しかったですもの!」


 ララは何か趣旨を勘違いしているような気がする。精霊具の機能を試すのであって、陛下に料理を振る舞うことが目的ではない。


「んとね、おかあさま」


 ネージュがもじもじしながら私を呼ぶ。


「ネジュ、いっぱいおーえんするの。だから、がんばって!」

「うん! 頑張る~~っ!」


 お母様、無限に卵焼きを作っちゃうわ。

 健気な娘にデレッデレしていると、アルセーヌが部屋にやって来た。


「旦那様がお呼びでございます」

「ええ。分かりましたわ」


 執務室を訪れると、何やらローテーブルには大量の冊子が積み上げられている。

 そしてシラーが私を呼び出した理由は、やはり国王陛下の件についてだった。


「君も理解しているとは思うが、陛下直々のご要望だ。仮病を使って断るわけにはいかない。……引き受けてくれるかい?」

「心配なさらなくても、そこのところはしっかり心得ております。卵くらい百個だろうが千個だろうが、焼き上げてみせますわ!」


 ネージュの応援を得た今の私は無敵なのだ!


「……やけに気合いが入っているな。まあ、意欲的で助かるよ。それでは、早速好みのものを選んでもらおうか」


 シラーが怪訝な顔をしながら、冊子の山へ目を向ける。よく見ると、ドレスや装飾品のカタログだった。


「私、特に欲しいものなんてありませんけど」

「君は着古したドレスで、陛下に謁見するつもりか?」


 そう言われれば反論のしようがない。伯爵家に嫁いだ際にドレスやネックレスなどを一通り揃えてもらったが、この三ヶ月間それらをローテーションで着回していたのだ。


「……分かりましたわ。ではお部屋で選ばせていただきます」

「始めに言っておくが、値段で決めるなよ。デザインで決めろ」


 一番安いものにしようと思っていたんだけどな。はいはいと頷いて退室する。大量の冊子は、アルセーヌが運んでくれることになった。

 部屋に帰ると、ネージュとララの姿はなかった。庭園へ散歩にでも行ったのだろう。


「ありがとう、アルセーヌ」

「いいえ。お役に立てて何よりでございます」


 冊子をテーブルに置いて、アルセーヌが退室しようとする。けれどピタリと足を止めて、こちらを振り向く。


「……奥様。少しお話をしてもよろしいでしょうか?」

「何かしら?」

「マティス騎士団で起きた横領事件のことでございます」


 その言葉に、全身が強張るのを感じる。

 何を言われるのだろう。身構えていると、アルセーヌは私を見据えながら本題に入った。


「あの事件には、不可解な点が散見されるのです」


 不可解な点? 怪訝な表情の私に、アルセーヌはつらつらと語り始めた。


「金庫の中には紙幣や小切手ではなく、金塊が納められておりました。それがあなたの手によって持ち出された後、いつどこで換金されたのかが分かっていないのです。これは、犯人の足取りを辿るのに一番重要な点です。しかし騎士団と警察が合同で作成した調書には、それについて一切触れられておりません」

「……金塊?」


 てっきり札束が保管されているものだと思っていた。


「ですが、換金後のあなたの行動は事細かに記載されていました。借金の返済、ドレスや貴金属の購入など……店の従業員の証言も取れています。あたかもあなたの犯行を意図的に強調させるような内容でした」


 アルセーヌが片眼鏡のブリッジを上げる。


「それにレイオン団長は、旦那様が提示された『事件の隠蔽』もすんなりと了承しています。このような不祥事を公にしたくないという思惑があるのでしょうが、どうも事件を早く風化させようとしているようにも思えてしまいます」

「そう……ですわね」

「奥様、単刀直入にお伺いします。……あなたは横領などしてないのではありませんか?」


 その問いかけに、私は一瞬言葉に詰まった。何と言っているのかは分かるのに、質問の意味を理解するのが遅れてしまった。

 そして、少し逡巡してから私は重い口を開いた。


「横領なんて……していないわ」


 心臓がうるさい。私、どうしてこんなに緊張しているんだろう。アルセーヌは私が無実だと思って質問しているのに。


『嘘つき』

『お前の話など、誰が信じるか』

『どうせ、あんたがやったんでしょ?』


 頭の中に、勝手に嫌な言葉ばかりが蘇る。


『いつまでも黙ってないで、とっとと白状しやがれ!』


 あ、これは記憶を取り戻したばかりの時に、言われた言葉だ。それに、頬も叩かれたな。たった三ヶ月前のことなのに、何だか懐かしく──。


「やはり、そうでしたか」


 アルセーヌのどこか嬉しそうな声に、私ははたと我に返った。


「……あなたは私が無実だと思っていたの?」

「失礼ながら、当初はあなたが横領犯だと信じ込んでおりました。貴族とは思えぬ身なりをされていたので、生活苦を理由に、騎士団の資金に手を出されたのかと……」

「謝らないで。普通は誰でもそう思うわよ」


 俯きながら懺悔するアルセーヌに、私は軽く笑って続けた。


「それに……旦那様もそうだったけど、最初から優しくしてくれたじゃない」

「いえ。旦那様は違います」

「そうなの?」


 優しくしてくれたわけじゃないの? 面と向かって言われると、結構傷付くぞ!


「……恐らく旦那様は、初めからあなたが無実だとお考えだったのでしょう」

「え?」

「秘密裏に横領事件について調査しておいででした」

「だけど、旦那様はそんなこと一言も仰らなかったわよ……?」


 私の疑問に、アルセーヌはさらりと答える。


「万が一騎士団や警察の耳に入れば、証拠を消される可能性もあるからです。この件を把握しているのは旦那様と私、そしてカトリーヌ様だけでございます」

「お待ちになって。あなた、私にこんなことを話して大丈夫でしたの?」

「ですから、この件は決して口外しないでいただけませんか?」


 アルセーヌはぱちんと、華麗なウインクを決める。意外と茶目っ気のある人だ。


「分かったわ。教えてくれてありがとう、アルセーヌ」

「とんでもない。こちらこそ、ずっと内密にしていて申し訳ありませんでした」

「……だけど、どうして旦那様は、私のためにそこまでしてくださるの? 義憤に駆られるような方には思えないわ」

「それについては私も存じ上げません。ですが、ひょっとすると奥様は以前、旦那様と面識があるのではありませんか?」

「旦那様と……?」


 腕を組んで記憶を掘り起こしてみるが、何も思い出せない。あんなイケメンと一度会ったら、絶対に忘れられないと思うのだけれど。


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