20.実験してみよう
エクラタン王国で精霊具が発見されたのは、二百年ぶりだという。
シラー曰く、王城では大きな騒ぎになっている。「世間に公表すべきか、意見が真っ二つに割れているらしい」と、呆れたような口調で私に教えてくれた。
残夜騎士団やフライパンの購入先には調査が入り、他にも精霊具がないか捜索が行われたという。
大勢の人が、一枚のフライパンに振り回されている。そしてそれは、私にも言えることだった。
「はぁぁぁ?」
王城から届いた書状を読み、私は思わず調子外れな声を発した。
「どうなさいました?」
「ど、どうしよう、ララ」
助けを求めながら、ララに書状を手渡す。
「失礼します」
そう断ってから、ララが文章を読み上げていく。
「ええと……『稀少な精霊具の発見。そして、その発見時の状況を事細かに纏めた報告書の提出、まことに感謝申し上げる。ひいてはその潜在能力の解明にも協力を求める』……能力の解明?」
ララは怪訝な顔で、テーブルの上に置かれたフライパンを一瞥した。そして私に目を向ける。
「殴った対象を燃やしたり、火を吸い込んだりするって報告書に書いておかなかったんですか?」
「ちゃんと書いたわよ。ほら、手紙を最後まで読んでみて」
私は急くように、ララを促した。
「なになに……『なお、報告書には精霊具の能力も記載されていたが、他にも隠されている可能性が非常に濃厚である』」
たかがフライパンに何を求めてんだ。
「というより、火を出したり吸ったりするだけでも、十分だと思うのだけれど」
「現存する他の精霊具がすごいですからね」
「ちなみにどういう力を持っているのか、ララは知っているの?」
ゲームの中でもさらりと登場しただけで、具体的な説明はなかったのよね。
「私も噂でしかお聞きしたことがありませんが、王家の剣は天を裂き、地を割り、世界を滅ぼす力を秘めているそうです」
「のっけからクソデカスケールね」
「そしてプレアディス公爵家で保管している盾は、隕石にも耐えうる硬度を持ち、あらゆる魔物を寄せ付けない聖なる波動を放つとか」
そういうとんでもエピソードを聞くと、二百年ぶりに現れた新人だもの。そりゃあ色々期待しちゃうのも分かるわ。
だけど、能力を解明するってどうすればいいのだ。妙な無茶振りをして、屋敷を爆破されるのは勘弁して欲しい。
すると、ララがとんでもない提案をする。
「そのフライパンで何か焼いてみましょう!」
「精霊具で料理はまずいんじゃないかしら!? 滅茶苦茶バチが当たりそうよ!」
「でもフライパンなんて、料理に使ってナンボじゃないですか。もしかしたら、ものすごく美味しく作れるかもしれませんよ」
そう言って、ララがフライパンの取っ手に手を伸ばす。ララってば、私以外が触ると火傷をすることを忘れてる……!
「わっ。すごく軽いですね。持ちやすーい!」
「えっ」
「それでは、早速厨房に行きましょう!」
「え、ええ……」
触らせたのか? 私以外の人間に……。
厨房を使わせて欲しいとお願いすると、料理長はあっさり了承してくれた。私が嫁いだばかりの頃に比べて、大分打ち解けられたと思う。
「肉も魚もありますので、ご自由にお使いください」
ちょうど夕食の仕込みは終えていたらしく、ありがたい言葉を頂戴した。
じゃあ、鶏のもも肉でも焼いてみようかな。下ごしらえと味付けをしっかりして、フライパンを手に取った時である。
「お、奥様! フライパンが!」
料理人の一人がそう叫んだ。
よく見ると、フライパンの裏がゴォォォ……と音を放ちながら、オレンジ色の炎に覆われていた。何か似たようなものを見たことがある。……大気圏突入?
とりあえず火は必要なさそう。点火していないコンロに載せ、油を引いてから肉を中央に置いてみる。
その瞬間、じゅうっと焼ける音がした。
「おお……ちゃんと焼けている」
「すごいぞ……!」
料理人たちが感動している。そんな、肉を焼いたぐらいで大袈裟な! フライパンだぞ!
彼らが見守る中、無事に鶏肉のソテーが完成した。
「ララ、味見をしてくれる?」
「はい。では失礼しまして……」
ナイフで切り分けて、ララが肉を頬張る。
「すごく美味しいです!」
「何か不思議な感じはする? 何かこう……急にウォーッと力が湧いてきたりとか」
「皮がパリパリしてて最高です」
普通に美味しいらしい。
よし、次は魚にしよう。牛乳があるので、クリーム煮なんていいかもしれない。
白身魚と芋を焼こうとすると、フライパンが再び大気圏に突入した。便利な機能ね……。
「ふう……完成したわ。ララ、またお願いしてもいい?」
「はい。お任せください」
ララは頷くと、魚の切り身をホワイトクリームにたっぷりと浸して口へ運んだ。
「すごく美味しいです!」
「何か不思議な感じはする?」
「魚の身が全然煮崩れしていなくて最高です」
「先ほども同じようなやり取りをしなかったかしら?」
まったく参考にならんわ!
「そ、そんなことを仰いましても、美味しいものは美味しいとしか……」
口の周りにソースを少し付けながら、ララが弁解する。
「試しにそのまま焼いてみては如何ですか? 奥様の作り方ですと、どう足掻いても美味しく仕上がってしまいます」
そう提案したのは料理長だった。しかし私は「ダ、ダメよ」とふるふると首を横に振った。
「たとえ実験であっても、食材を雑に扱ってはいけないわ」
前世やレイオン様の世話で苦労をしていた私にとって、食材の無駄遣いは禁忌に等しい。万が一不味い仕
上がりになったら、悲しくなってしまう。
「……それは料理人として、一理ありますな」
「ですけど、奥様って本当にお料理がお得意ですね。何でも作れるのでは?」
一人でクリーム煮を殆ど平らげてしまったララが尋ねる。
その問いに、私は少し考えてから口を開いた。
「いいえ。一つだけ苦手な料理があるわ」
「本当ですか? 気になります!」
「……卵焼きよ」
「はい?」
ララや料理人たちが口をぽかんと開ける。
「卵焼きって……時々お作りになっていますよね? 外はふんわり、中はトロトロの……」
「あれはオムレツで、私が作りたいのは卵をくるくると巻いたものなの!」
中世ヨーロッパ風の世界だからか意味が伝わらず、歯痒さを感じる。
昔から卵焼きだけは、どうしても苦手なのよね。卵焼き器を使えば何とかなるけど、丸いフライパンだと上手く成形出来た試しがない。
そんな私の悩みを聞いて、ララが笑顔で言い放つ。
「それでは、そのフライパンで卵焼きに挑戦してみましょうよ! 精霊パワーで作れちゃうかもしれません!」
何じゃそら。
だけど炭のように焦がさない限りは、形がへんてこな仕上がりになる程度で済むか。
塩と砂糖を混ぜた卵液を、フライパンへ少量流し入れる。早くフライパン返しで形を作らないと……
「ん?」
様子がおかしい。本来なら全体的に行き渡ってしまうはずの卵液が、何故か長方形に広がっていき、その状態を保っている。
どういうことよ。訝しみながら、くるくると折り畳んで追加の卵液を投入する。何故か焼けた卵の軌道上しか広がっていかない。
その後も同じ作業を繰り返していき、やがて分厚くてふっくらとした卵焼きが完成した。完成してしまった。
「素晴らしいです、奥様!」
「何と芸術的な……オムレツとはまったく形状が違いますな」
料理人たちが絶賛する中、私は困惑していた。まるで私の望み通りに、卵液が動いていたような……。
と、ララが早速私の卵焼きを味見しながら豪語する。
「きっと、精霊具のおかげですよ!」
まさか卵焼きを上手に作れる能力……ってこと?
私にとってはすごい便利だけど、ガッカリ感が半端ないぞ!!
だけどそれ以外に特別な力があるわけでもなく、マジで他に書くこともなかったので、正直に報告書に書いて提出をした。
そして、その数日後。とんでもない御方から直筆の手紙が届いた。
エクラタン国王陛下である。