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2.肩代わりの条件

「ずっとお前のことが好きだったんだ。俺と恋人になってくれ」


 レイオンにそう告白されたのは、料理番になって二ヶ月ほど経った頃。

 料理しか取り柄のない女のどこがいいのか分からなかったが、私は涙ぐみながらOKした。

 今にして思えば、これが悪夢の始まりだった。

 それからというもの、私はレイオンの部屋にこっそり通いながら、食事を作っていた。部下たちの手前、私たちの関係を公にしたくないとレイオンに言われたのだ。

 私はそれでも構わないと思っていたんだけど、


「……あ、あの、レイオン様」

「げふっ。……ん? どうした?」

「私の分も召し上がってしまったのですか?」


 調理器具を洗ってリビングに戻ると、二人分あった料理やパンは全て食べ尽くされていた。

 唖然としている私に向かって、レイオンは笑いながら言った。


「だって冷めたら美味しくないだろ? だから俺が食べてやろうと思ってさ」

「はぁ……」

「デザートは何だ? 早く持ってきてくれよ」


 こんなやり取りが毎回続くと、次第に嫌気が差していった。何せ食費は私が全額出していたのだ。

 レイオンが私の部屋にやって来る時はもっと最悪で、部屋にある食べ物を全て食い尽くされる。私が止めても、「俺は訓練で腹が減っているんだ」の一点張り。

 そして、とうとう私は金欠となり、夜の街で皿洗いや清掃の仕事を始めることに。

 とはいえ、レイオンと別れることは考えたことがなかった。むしろ、こちらが捨てられないように必死だったもの。

 だけどある日、部屋にお邪魔しようとしたら、ドアの向こうから女の艶やかな声が聞こえて頭の中が真っ白になった。

 所詮私は、都合のいい飯炊き女でしかなかったのだ。


 そしてその翌日、横領の罪を着せられた。


 収監されてから一週間後、看守がガチャガチャと檻の扉を開いた。

 いよいよ処刑か。怖くないと言えば嘘になる。頭の中で南無阿弥陀仏を復唱しながら、牢屋から出る。

 だけど連れて行かれたのは断頭台ではなく、簡素な浴室。

 後ろ手に縛っていた縄も解かれ、入浴を許された。


「へ?」


 そして身なりを整えると、馬車に押し込められた。


「死ぬよりはマシだろう。死ぬ気で働けば、いつかは払い終わるさ」


 同乗していた兵士が、私に哀れみの眼差しを向ける。

 ……はっ、思い出した。そうだわ、この国の貴族には、基本的に死刑が適用されない。

 その代わり、期限までに多額の罰金を支払わなければ問答無用で降爵、または廃爵処分を受ける。

 しかも窃盗や横領で奪ったお金も、全額返済が命じられる。

 貧乏な我が家は当然廃爵だろうが、恐ろしいことに支払いの義務は平民に落ちた後も継続される。

 うちの両親のことだ。私を娼館か炭鉱送りにするに決まっている。実際、婚活に失敗した私を娼館へ連れて行こうとしていた。

 こんなことになるなら、一思いに処刑されて楽になりたかったわ。

 絶望の中、馬車はルミノ男爵邸に到着した。貧乏なくせに、屋敷だけは無駄に豪華だ。

 見栄っ張りの父が毎年改装工事を依頼しているのである。その費用を賄うために増税したせいで、領民からの印象は最悪だ。


「ん?」


 窓の外を眺めていると、見覚えのない馬車が玄関前に停まっていた。


「あの馬車……ナイトレイ伯爵家か?」


 兵士が怪訝な顔で呟く。

 ナイトレイ伯爵家って……あの!?

 私は身を乗り出し、馬車をまじまじと確認した。雲にうっすらと隠れている三日月をモチーフとした紋章が、キャビンに彫られている。

 ナイトレイ伯爵家。とある攻略キャラの家系で、エクラタン南部の防衛を担う所謂辺境伯だ。

 そして作中トップクラスの激ヤバ一族なんだけど……


「ナイトレイ伯爵家の方々が、我が家に何の用ですの?」

「俺に聞かれてもな。さあ、降りろ」


 兵士に促されて、馬車を降りた。


「おかえりなさいませ、アンゼリカ様。ご当主様とお客様が居間でお待ちしております」


 出迎えてくれたメイドが私にそう告げる。んん? ナイトレイ伯爵家は私に用事があるの?

 メイドに案内されて居間へと向かうと、私の両親と初老の男性が待機していた。


「まったく……遅いぞ、アンゼリカ。まさか寄り道でもしていたのか?」


 父よ、文句なら馬に言え。


「あなたのせいで、ルミノ男爵家は危機に陥っているの。その自覚があるのかしら?」


 母も私を擁護する気が一切ない。


「お二人とも、落ち着いてください」


 男性が両親をやんわりと宥める。客人とはこの人なのだろうか。


「申し遅れました。私はナイトレイ伯爵家で執事を務めております、アルセーヌと申します」


 皺一つない燕尾服に黄金細工の片眼鏡という出で立ちで、恭しく私に一礼する。私もつられて頭を下げようとすると、母に後ろから両肩を掴まれた。


「よかったわねぇ。あなたが使い込んだお金、ナイトレイ伯爵家が全額肩代わりしてくださるのよ」

「え!?」


 すごくありがたいけど何で!?

 目を白黒させている私に構わず、母は言葉を続ける。


「あなたも娶ってくださるそうだし、いいこと尽くめだわ!」


 全然よくないぞ!!


 ネージュ。『Magic To Love』の攻略キャラの一人で、ナイトレイ伯爵家の嫡男だ。

 艶やかな黒髪と雪のように白い肌を持つ美少年だが、いつも陰鬱なオーラを纏っている。

 好感度が低いうちは、主人公が挨拶をしてもガン無視。口癖も「近寄るな」or「消えろ」で、個別ルートに入っても選択肢を一つでも誤ればバッドエンド直行。

 それもそのはず。彼には滅茶苦茶しんどい過去がある。

 まだ三歳の頃、実母が自ら命を絶った。父親の浮気が原因だとか。

 さらにその一年後。ナイトレイ領で平民たちによる反乱が発生。自ら指揮を執っていた父も、反乱軍の猛攻によって命を落とす。


 当主を討ち取ったことでますます勢いづいた反乱軍は、ナイトレイ邸を包囲。多数の使用人が中に取り残されているにも拘わらず、火を放って屋敷を焼き払った。

 命からがら逃げ出したネージュは憎しみに取り憑かれ、エクラタン王国そのものを滅ぼそうとする……のだが。


「私がナイトレイ伯爵家に嫁ぐ……?」

「うむ。それが我が家の負債を引き受けてくださる条件だ。お前が犯した罪も公表されないように根回しをしてくれるのだ。いい話ではないか?」


 父がにこやかに説明する。ええ、これ以上ないくらい最高の話ですよ。うちが取り潰しになることも、強制労働に従事させられることもありませんし。

 だけど、ナイトレイ伯爵よ?

 反乱に巻き込まれて死ぬのも嫌だけどさぁ。


「あ、悪食伯爵……」


 思わずその異名を口走ると、険しい顔つきになった母が私の頬に平手打ちを食らわせた。すまん、今のは私が悪かった。


「何てことを言うの! 今すぐに謝罪なさい!」

「大変申し訳ありませんでした! 無礼な発言をどうかお許しください!」


 慌てて床に額を擦り付けて謝る。恐る恐る顔を上げてみると、アルセーヌは目を丸くして私を見下ろしていた。

「変わった謝罪の仕方をなさいますね」

 そういえば、西洋には土下座の文化がないんだった。仕事でミスをすると上司に強要されていたから、ついクセでやっちゃった。

 ちらりと振り返ると、両親が真っ赤な顔で小刻みに震えている。


「ですが、どうかお気になさらず。アンゼリカ様も我が主、シラー様とのご婚姻が不本意であることは承知しております」

「い、いえ。そのようなことはございませんわ!」

「それは本当ですか!?」


 私が咄嗟に否定すると、アルセーヌは目を輝かせながら確認を取ってきた。

 私の問題発言を水に流してくれた手前、「やっぱ無理っす」なんて言えない。……というかこの執事、これを狙ってたわね?

 反乱、悪食伯爵……。借金地獄、強制労働……。ええい、ままよ!


「……はい。このお話、喜んでお引き受けいたします!」


 私は覚悟を決めて、声高らかに宣言したのだった。

 するとアルセーヌは安堵した様子で、


「アンゼリカ様ならそう仰っていただけると、信じておりました」

「あ、ありがとうございます」

「では、今すぐに荷造りをなさってください」


 はい?


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