19.話を聞かない婚約者(レイオン視点)
「んだよ、これ」
俺は出されたトレイを見て、唇を尖らせた。
表面が真っ黒に焦げたパンと、見るからに具が大きすぎて中まで火が通ってなさそうな根菜のスープ。魚のムニエルは身が崩れ、生臭さが漂っている。おまけにデザートはなしときた。
「誰だよ、これ作ったの。連れてこい」
「は、はい」
すぐに数人の兵士が俺の前に連れて来られた。つい先日うちに入団した奴らだな。新人の仕事として、料理番を任せてやったのによ。
「ふざけんな! こんな飯が食えるわけねぇだろ!」
「ひっ! も、申し訳ありません!」
「い、今から作り直します!」
情けなくへこへこと頭を下げる新人どもに、俺はトレイを投げ付けた。料理が床に散らばって、皿も割れたが知ったことじゃない。この騎士団長様を怒らせたお前たちが悪い。
「片付けておけよ?」
そう命じて食堂を出る。
ここのところ、俺の食生活は最悪だ。率直に言えば、兵舎の飯が不味い!
仕方がなく度々屋敷に帰るようにしているが、その飯も何だか味気なく感じる。
原因は分かってる。アンゼリカがいなくなっちまったからだ。
「そんな怖いお顔をしてどうしましたの、レイオン様?」
部屋に戻ると、遊びに来ていたシャルロッテが何かを読んでいた。俺は可愛い恋人を後ろから抱き締めて、甘い香りのする髪に顔を埋めた。
「なぁ、シャルロッテ。外に出かけないか? 俺、夕食食ってないんだよ」
「え? 今お食事に行かれたのではないの?」
「あんなもの食えたものじゃない!」
パンは固くてぼそぼそしている。スープは極端に味が薄いか濃いか。肉や魚はとにかく臭いし、デザートも食べられない。
もううんざりだ。
「あら、可哀想ですわね。……あ、ついでにこちらのお店に立ち寄りたいですわ! このネックレスを買ってくださらない?」
シャルロッテが装飾品のイラストが描かれたページを見せ付けてくる。ジュエリーショップのカタログらしい。
「……この間も買わなかったか?」
「あれだけじゃ足りませんわ!」
怒鳴られてしまった。
……こいつって、はっきり言って顔と体だけなんだよな。そりゃドレスやアクセサリーを好きなだけ買っていいって言ったぞ? だけど限度があるだろ!?
あれだけたくさんあった貯金も、底をつこうとしている。
アンゼリカは楽だった。あの女は何も欲しがらなかったし、作る飯も美味かった。シャルロッテにないものを全て持っている。
だけど、嫁にするなら断然シャルロッテだ。
……そうだ。アンゼリカを雇うことは出来ないか? 俺に惚れていたあいつのことだ、甘い言葉をかけてやったら簡単に丸め込めるかも知れない。
豚だの蛙だの言われている伯爵の相手ばかりじゃ、キツいだろうからな。
「うふふ。楽しみですわ」
「だな」
つい生返事をしてしまうと、シャルロッテがむっと眉を寄せた。
「レイオン様はいつも食べてばかりですわね」
「だって……宝石は食えないだろ。精霊具だったら話は別だけど」
「せーれいぐって何ですの?」
精霊具も知らないのかよ。これだから男爵家の娘は……。
俺は内心呆れつつ、精霊具のことを教えてやった。だがシャルロッテは、髪を弄りながら退屈そうに聞いていた。
「ふーん。すごいお宝ですのね」
「ああ。そして精霊具の核は、どんな宝石よりも美しいと言われてるんだ。暗闇の中でも輝いているんだと」
「そうですの?」
途端、シャルロッテが目を輝かせる。
「ねぇ、レイオン様。私、精霊具が欲しいですわ。きっと私に似合うと思いますの」
こいつ、俺の話を聞いてなかったのか? 国宝だって言ってるだろ!