表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなた方の元に戻るつもりはございません!【書籍化】  作者: 火野村志紀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/83

15.プリンとお花

 一階の突き当たりにある会議室に入る。

 分厚いカーテンに閉め切られていて、日中にも拘わらず真っ暗だ。護衛の一人がランプを点けると、室内がぼんやりと明るくなる。

 待つこと数分。硬い表情をしたシラーとカトリーヌが慌ただしくやって来た。


「あの……演習の最中に申し訳ありません……」

「精霊具が発見されたんだ。演習どころじゃないよ」


 謝る私に、シラーが言う。一方カトリーヌは、私が抱えているものを注視していた。


「……まさかそれが精霊具だと言うのか」

「そうらしいですわ」


 目を逸らしながら答えると、シラーが怪訝な声で呟く。


「本当に、ただのフライパンじゃないか」

「そんな疑うような目で見ないでくださいまし……」


 私だって何が何だか分からないんだから。

 気まずい雰囲気の中、カトリーヌが私の前に立った。ひぃぃぃ、睨まれてる……!


「アンゼリカ、それの裏側を私に向けろ」

「こ、こうですの?」


 私に指示を出すと、カトリーヌは人差し指をピンと立てた。その指先に、小さな火の玉が生まれる。ファンタジー映画に登場する邪悪な魔女みたいだと思ってしまった。

 カトリーヌが指先をフライパンに近付ける。すると火の玉は、ヒュルルル……と煙のように吸い込まれていった。


「ふむ。にわかには信じがたいが、精霊具で間違いないようだ」


 冷静な口調でカトリーヌは断言した。


「マ、マジですの? 厨房で使われていたものですわよ?」


 テンパりすぎて、雑な敬語が出てしまった。


「ああ、マジだ。取っ手に宝石のような赤い石が埋め込まれているな? それは精霊具の核だ」


 あれ? この義姉、意外とノリがいいな。

 とにもかくにも、フライパンはひとまず会議室にある金庫に保管することとなった。……金庫に?


「そこまで厳重になさらなくても……」

「厳重にもなるさ。現在エクラタン王国で現存している精霊具は、数点のみ。国宝中の国宝だよ」


 シラーはそう言いながら、金庫のダイヤルを回した。カチッと軽い音の後、重い扉をゆっくりと開く。


「フライパンを中へ」


 シラーに促され、金庫の上段にフライパンをそっと置く。なんちゅう絵面だ……。

 扉を閉めると、シラーはダイヤルを無造作に回した。そして私たちに向き直る。


「分かっていると思うが、この件は他言しないように。いいね?」


 念を押すような物言いに、護衛や料理番の方々が神妙な顔付きで頷く。

 あのフライパン、どうなっちゃうんだろう。王宮とかに飾られるのかな。ぼんやりと考えながら部屋を出ようとした時、これまで黙っていたメテオールが口を開いた。


「……。怒ってる」


 次の瞬間、背後で耳をつんざくような爆音が響いた。驚いて振り向くと、金庫があった場所は火の海と化していた。ちょっと待って、シラーが爆発に巻き込まれたんじゃ……


「旦那様っ!」

「何だい?」


 炎の中から声が聞こえた。

 爆炎から守るように、巨大な水泡が私の夫を包み込んでいる。

 その傍らではフライパンが赤く発光しながら、ふわふわと宙を浮かんでいた。

「これ、結構高かったんだぞ」

 金庫の残骸を見下ろして、シラーが小さく溜め息をつく。気にするところ、そこなの?




 結局フライパンは私が持っていることに。護衛を火傷させ、金庫を破壊したりとやりたい放題だった彼も、私が手にすると嘘のように大人しくなった。この暴れん坊め。


「精霊具って持ち主を選びますのね……」

「珍しくもないさ。王妃のペンダントも他の人物が身に着けると、たちまち生気を吸い取られてミイラになるそうだよ」


 シラーが笑顔で物騒な話をする。それは精霊具というより、呪物の類いなのでは?

 だけど今日一日、私はずっとフライパンを持ち歩いているわけか。端から見たら、ただの不審人物じゃないの。


「お前以外は触れることも敵わん。大して心配はいらんだろう」


 カトリーヌが演習に戻って行く。シラーも「何かあったら、すぐに呼んでくれ」と私に一言告げて、その後に続く。

 私は護衛に囲まれて過ごすことになったんだけど……暇だわ。精霊具を持ったまま、あちこち歩き回るわけにもいかないものね。


「そうだわ。厨房をお借りしてもよろしいかしら?」

「それはいいですが……まさか、そのフライパンをお使いに?」

「いえいえ! 違いますわ!」


 料理番のおばさんがおずおずと尋ねるので、私は大きくかぶりを横に振った。国宝でクッキングとか恐れ多過ぎるわ!

 私はコホンと咳払いをして、その場にいる人たちを見回しながら言った。


「お騒がせしたお詫びに、お菓子をお作りしようと思いますの」

「えっ。奥様がですか?」

「私、こう見えてもお菓子作りが得意ですのよ」


 ネージュにリクエストされるから、よく作っているのだ。ララや他の使用人からも好評を博しているし、味には自信がある。

 早速エプロンに着替えて、厨房に立つ。夕食の準備もあるだろうし、手早く作れるものがいいな。材料も少なく済むから、プリンにしよう。というより、私が食べたい。


「メテオールもプリン……じゃなくて、プティングでいいかしら?」


 じぃっとこちらを見ている少年に尋ねると、「僕にも作ってくれるの?」と聞かれた。


「ええ。とっても甘くて美味しいわよ」

「……ありがとう」


 ちょっと嬉しそう。よーし、俄然やる気が出てきたわ。私は腕まくりをして、作業に取りかかった。


「こ、これがプティング?」

「アタシたちの知ってるプティングじゃないね……」

「だが、美味い」

「滑らかな食感と、つるんとした喉越し……そして下に隠れてるソースも絶品だわ」


 伯爵家の屋敷で初めて蒸しプリンを作った時も、びっくりされたのよね。この世界のプリンと言えば、果物やナッツに卵と牛乳を混ぜて蒸したものらしい。それも美味しいけど、やはりプリンと言えばカスタードプリンだ。


「……美味しい」


 メテオールがぽつりと呟く。彼のプリンには、カラメルソースが入っていない。あのほろ苦さが苦手な子供も多いと思う。ネージュも「にがいの、いや!」と言って、食べるのを止めてしまったもの。

 とにかくみんなが喜んでくれて、作った甲斐があったわ。私も自分の分に手を伸ばそうとした時だった。突如食堂の空気が凍り付いた。

 険しい表情のカトリーヌが入ってきたのだ。


「……お前たち、何を食べている?」

「し、失礼しました!」


 ぎろりと睨まれて、護衛たちが一斉に席を立った。まずい、私のせいで叱られてしまう!


「お待ちください、カトリーヌ様。私がお願いして、召し上がっていただいたのです!」


 私が口早に事情を説明すると、ルビーレッドの瞳が鋭く光った。


「菓子を作ったのか。お前が」

「はい……」

「………………」


 ご、ごめんなさい。こちらでは甘味禁制でしたか……?


「どうぞ」


 重苦しい空気を破ったのはメテオールだった。母親に声をかけながら、プリンを差し出す。この子には二個渡していたのだ。


「それはお前の分じゃないのか?」

「僕は一ついただきました。どうぞ」

「……分かった」


 カトリーヌは渋々といった様子で、プリンを受け取った。私がスプーンを手渡すと、席に座って食べ始める。


「…………」


 一口目を食べたところで、一瞬炎熱公爵の動きが止まった。しかしすぐに二口目を口に運ぶ。

 美味しいとも不味いとも言わない。ただ黙々と食べ続ける。

 そしてあっという間に完食。


「……馳走になった。食器はどこに運べばいい?」

「い、いえ。私が片付けておきますわ!」

「そうか。返礼は後日行う」


 カトリーヌが颯爽と立ち去る。……味の感想、聞けなかったな。

 やがて夕方になり演習は終わりを迎え、食堂には大勢の兵士が押し寄せてきた。お邪魔になるといけないので、私はフライパンを持って厨房裏にある小さな庭へ一時避難。周囲は塀に囲まれているし、ここなら安全だろう。

 白い花を付けた野草が、風に吹かれて揺れていた。


「綺麗ね」

「うん」


 一緒についてきたメテオールがこくんと頷く。押し花でも作ろうかしら。ちょうどよさげな花を探していると、後ろから袖を軽く引っ張られる。

 振り返ると、メテオールが一輪の花を私に差し出した。


「ありがとう、メテオール。後で押し花にして……」

「僕が大きくなったら、結婚してください」


 ……ん!?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ