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13.演習の目的

 その後も演習の様子を眺めていると、正午を知らせる鐘の音が鳴った。

 途端、兵士たちが訓練を中断して隊列をなす。軍隊って感じねぇ……と、当たり前の感想が浮かんだ。

 昼食込みの休憩時間は一時間。いつもなら兵舎で食事を摂るらしいが、本日は炎熱騎士団もいるので、屋外にもスペースを設けられていた。

 一昨日に知らされたばかりなのに、やけに段取りが良いような。


「伯爵様、お食事は如何されますか?」


 兵士の一人がシラーに尋ねる。


「いつも通り持参してきた。妻の分だけを頼む」

「かしこまりました」


 シラーは簡潔に指示を出すと、私へ目を向けた。


「君もお疲れ様。さあ、一旦部屋で休もうか」

「いえ。私は何もしていませんわ」


 兵士の皆さんが頑張っているのを、ぼーっと見ていただけだもんな。


「ああ、それと君には演習後に話がある。何のことかは分かっているな?」


 シラーが声をかけたのは、私の肩を掴んできた護衛だった。「は、はい……」と力なく返事をしている。合掌。


「カトリーヌ様とメテオール様も、お部屋で召し上がりますの?」

「姉上たちは兵士たちと食事を摂る。私の代わりに、メニューの味や栄養バランスをチェックしてくれるんだ」


 兵舎は訓練場の近くに聳え立っていた。建物自体はマティス騎士団の兵舎より小さく見えるが、隅々までしっかりと手入れがされていて、清潔感がある。毎日欠かさず、掃除をしているらしい。

 専用のクリーンキーパーを雇っていると聞いて、私は驚いた。


「マティス騎士団では、掃除も階級の低い兵士の仕事でしたわ」

「こちらでは軍属に任せているよ。備品などの補給、食堂の管理も彼らの仕事だ。向こうもそうじゃないのか?」

「いいえ。料理番も、私以外は交代制でしたもの」


 料理初心者の兵士が厨房を荒らしちゃって、大変だったな。

 しみじみと話す私に、シラーは眉をひそめる。


「ん? 何故非兵士を雇おうとしないんだ」

「一通りの仕事が出来て、一人前の兵士だと仰っていましたわ」


 レイオンが。


「何だそれは。軍属の雇用は、失業対策の一環でもある。王族もそれを奨励していて、二大騎士団には王族から支援金も出されていると姉上が言っていたぞ」

「あらら。結構優遇されてましたのね」

「マティス騎士団長の考えは否定しない。だが、それなら支援金を受け取る必要は……なるほど、そういうことか」


 合点がいった様子で頷いているが、私には何のことか分からなかった。




 私たちに宛がわれたのは、伯爵家の屋敷と遜色ない豪華な一室だった。見るからに高価そうな家具や調度品が置かれていて、奥にある二つの扉はそれぞれの寝室に続いている。

 こんなに立派な部屋にたった一日しか滞在しないなんて、少し勿体ないような。ネージュも連れてきたら、喜んでいたと思う。

 部屋で暫し待っていると、ふくよかな体型のおばさんが料理をワゴンに乗せて持って来てくれた。


「お待たせいたしました」

「ありがとうございます。とっても美味しそうですわね」


 ふっくらと焼き上がったパンに、白身魚のムニエル。新鮮な葉野菜のサラダに根菜のポタージュ、デザートのケーキまでついている。

 まさかこんなご馳走を食べられるとは思わなかった。まさに至れり尽くせりね。


「ではごゆっくりお召し上がりください」


 おばさんはぺこりとお辞儀をして退室する。

 シラーも自分の食事を用意し始めた。


「……それだけで足りますの?」


 私は怪訝そうな顔で尋ねた。

 栄養価だけは高いが、固くて酸味のある黒パンに、皮ごと茹でた芋。それと真っ赤な林檎が一玉。

 まるで囚人のメニューのようだわ……。愕然とする私をよそに、シラーは「これが好きなんだ」と芋に塩をぱらぱらとかける。


「いつもそんな食事をされていますの?」

「これだけでは栄養が偏ってしまうからね。勿論、焼いた肉や魚、他の野菜だって食べるさ」


 本当に塩をまぶして焼いただけなのだろう、と肩を竦めて、私も食事に手をつける。

 うん、どれも美味しいわ。このポタージュなんて、ネージュも喜んで食べるかも。

 順調に食べ進めながら、シラーをちらりと見る。黙々と、まるで義務のように食べ物を口に運んでいた。


「僕の顔に何かついているかい?」


 視線に気付いたシラーが問いかける。


「あ、いえ。その、急にお義姉様の騎士団と演習をなさることになって、大変でしたわね」

「そうでもないよ。いつ押しかけて来ても構わないように、ある程度用意はしているんだ。直近まで通告なしの合同演習は、先代からの慣習のようなものさ」

「どういうことですの?」

「先々代、つまり僕の祖父が当主を務めていた頃の話だよ。隣国で魔物の集団凶暴化が発生して、ナイトレイ領にまで侵入してきた。先々代はすぐさま王都に救援を求め、炎熱騎士団が派遣されたんだ。しかしあまりに突然のことで連携がまったく取れず、どうにか人里への侵入だけは食い止められたが、双方の騎士団で多大な死傷者を出す形となった。先々代も、そこで命を落とした」

「魔物の集団凶暴化……」


 そう、この世界には精霊もいれば、魔物なんて物騒なものも存在している。

 一匹二匹なら簡単に対処出来るが、集団凶暴化となるとその数は万を超える。

 ゲームでも集団凶暴化が発生して、王国が滅亡するバッドエンドがあったな。誰のルートだったっけ。


「それ以来、常に準備を怠らず、迅速に行動出来るように。両家とも、その考えを念頭に置いているんだ。当然こちらから炎熱騎士団へ出向くこともある」


 ん? 騎士団がどうとかの問題じゃないんだ。


「あら。でしたら、お義姉様に文句を仰らなくてもよかったのに」

「……今回ばかりは君がいるから、来ないと思ったんだよ」


 私がいるから来ない? その理由が気になったが、シラーはそれ以上語ろうとしなかった。何となく触れてはいけないような気がして、私も聞かないことにした。

 昼食を終えてゆっくりしていると、休憩の終わりを告げる鐘が鳴った。シラーが席を立ったので、私もついて行こうとするが、「私一人で問題ないよ」と止められる。


「午後は風が出てきて少し冷える。君は部屋で過ごしているといい」

「お気持ちはありがたいのですけど、することがなくて暇ですわ」


 こんなことなら、屋敷から本の一冊でも持ってくればよかった。


「そうですわね……兵舎の中を見学してもよろしいでしょうか?」

「それは構わないが……大丈夫なのかい?」

「ええ。私がいた兵舎とは全然違いますもの。モヤモヤしていたものがなくなりましたわ」


 私がそう言い切ったと同時に、こんこんとドアをノックする音が聞こえた。

 シラーが開けると、訪問者は意外な人物だった。


「メテオール……様?」


 シラーがいる手前、呼び捨てにするわけにもいかない。メテオールもそれを察してか、無言でこくりと頷く。

「アンゼリカ様は、この後何かご予定はございますか?」


 メテオールの後ろについていた護衛の一人が尋ねてきた。


「特に何もすることがないので、兵舎の中を見て回ろうと思っていましたわ」

「でしたら、私たちもご一緒してもよろしいでしょうか? ちょうどメテオール様が散歩をしたいと仰っていたのです」

「勿論ですわ。よろしくお願いいたします」


 少し屈んで目線を合わせ、メテオールに言葉をかける。


「うん」


 ミントグリーンの瞳が、私を真っ直ぐ見据えている。と、私からシラーへと視線が移った。


「……僕が何か?」

「…………」


 ふるふる。首を横に振り、私の裾を摘まむ。

 この世界で小さな子供と触れ合うのは、ネージュ以来だ。私はふふっ、と笑みを零して、「では、行ってきますわ」と夫に一礼して部屋を出た。


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