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11.炎熱公爵

 ネージュが魔力切れを起こして数日。医者の言葉通り、熱も下がり自由に歩き回れるほどに回復した。


「おかあさま、ネジュげんきになったの!」

「よかったわね、ネージュ! 後でお絵描きしましょうね」

「きゃー!」


 やっぱり子供は元気が一番。ネージュを抱き抱えてくるくると回る。

 だけど私は現在、ある悩みを抱えていた。

 それは……


「し、視察ですの?」


 突然執務室に呼び出されたと思ったら、近々伯爵家が管轄している騎士団へ視察に行くことを告げられた。

 それ自体は何の問題もない。しかし、何故か私も同行する流れになっていた。


「こ、こういうのって、普通当主だけが行くんじゃありませんの?」

「普通はな。だが今回は年に一度の大規模演習の視察だ。その上、君のお披露目も兼ねている」

「そうですわよね……」


 かなりの大イベントだ。私、人前に出るのが苦手なんですが?

 それに騎士団の視察って。


「……行きたくないという顔だな」

「い、いえ。そんなことありませんわよ」

「正直に答えろ。やはり騎士団には思うところがあるのか?」

「ええ、まあ……」


 シラーにじっと見詰められて、ついに白状してしまった。

 レイオンのところとは違うと分かっていても、やっぱり騎士団と聞くと気が重くなってしまう。

 だけど、こんなことで「行きたくありません」って駄々を捏ねたくない。シラーには恩があるわけだし。


「ですが、ほんの少しだけですわ。何も問題は……」

「分かった。君は体調が優れないので、欠席ということにしておこう」


 え?


「そういうわけにいきませんわよ。大事な視察なのでしょう?」

「だからこそだよ。無理矢理同行させて、兵士たちの反感を買う真似をされても困る。君は結構表情に出やすいからな」


 言い方ァ! だけど、これ私を滅茶苦茶気遣ってるよね? だったら、なおさら行かなくちゃいけない気がしてきたわ。


「子供じゃありませんもの。無礼を働くことはいたしませんわ」

「はいはい。来年は頼むよ」


 いくら食い下がっても、軽く受け流されてしまった。

 ああもう、こんなことなら素直に言わなきゃよかったわ。

 視察は明後日。それまでにどうにか、シラーを説得出来ないかしら。


「……おかあさま、どーしたの?」


 ネージュに声をかけられて、はっと我に返る。


「ごめんなさい、何でもないのよ」

「あのね、おえかきできたよ!」


 ネージュが画用紙を両手で持って、私に見せてくれた。それには先日買ったクレヨンで絵が描かれている。


「これがネジュで、こっちはおかあさま。こっちはおとうさまなの」

「うんうん。とっても上手ね。こちらのメイドさんはララかしら?」

「うん! こっちにいるのは、アルおじちゃん!」


 アルセーヌのことだろう。片目だけぐるぐる巻きになっているのがちょっと面白い。

 あー、可愛い。後で部屋に飾っておこうかしら。そう思いながら絵を眺めていると、あることに気付いた。

 ネージュの後ろに謎の生首が浮かんでいる。背後霊かと思った。


「……ネージュ、これはだぁれ?」

「これはおにいさ……あっ!」


「おにいさま」と答えようとして、ネージュは慌てて両手で口を押さえた。


 待って、お兄様?


「ちがうの! ちがうの! これはしらないひとなの!」


 でも、今お兄様って言ったよね!?

 傍にいたララへ意見を求めるように目配せをすると、困惑の表情で首を横に振られた。

 え? やだ怖い……


「そなたがアンゼリカか?」


 その時、低い声で名前を呼ばれた。

 声の方向へ視線を向けると、部屋の入り口で仁王立ちしている女性の姿があった。

 年齢は三十代半ばだろうか。アッシュブロンドの髪を短く切り揃え、ルビーレッドの瞳はまっすぐ私を見据えている。

 そして、左頬には大きな火傷の痕。


 ど、どちら様?

 私が目を丸くしていると、ララが青い顔でガタガタと震え出した。


「プ、プレアディス公爵様……っ!」


 プレアディスって……まさか『炎熱公爵』!?

 エクラタン王国王都は、二大騎士団が守護している。

 一つは、マティス伯爵家が率いるマティス騎士団。

 そしてもう一つは、プレアディス公爵家が率いる炎熱騎士団。


 プレアディス公爵家は建国にも大きく貢献した一族であり、今もなお絶大な権力を誇る。

 早世した夫に代わり、現在は妻のカトリーヌが当主兼騎士団長を務めている。

 カトリーヌは豪剣と火の魔法の使い手であり、数年前、王都を襲撃した反乱軍を退けた功績を持つ。その勇ましさから『炎熱公爵』と呼ばれるようになり、他国からも畏怖される存在となった。

 どうして彼女についてそんなに詳しいかって?

 カトリーヌの息子が、『Magic To Love』の攻略キャラなのよ。

 母親によく似て寡黙な青年なんだけど、熱いハートを持つ公爵子息様だった。

 カトリーヌ自身もゲームに登場していたけど……火傷の痕を隠すためか、仮面を被っていたよね。

 素顔を見るのは、これが初めて。怖そうな雰囲気だけど、すごく美人。


「な、何故あなたがこちらに……」

「ここは私の生まれ育った家だ。何か問題でもあるのか?」

「滅相もございません!」


 カトリーヌの問いかけに、ララが背筋を正して答える。

 ん? 生まれ育った……?


「カトリニュおばちゃま!」


 ネージュゥゥゥ!?

 おばちゃま呼ばわりされて、カトリーヌがぴくりと片眉を上げた。


「こ、公爵様っ! 娘が大変失礼しまし……」

「応接室で待つようにと言ったじゃないか、姉上」


 少し呆れたような表情のシラーが、ひょっこりと廊下から顔を覗かせた。

 姉上ということは……


「プレアディス公爵は、旦那様のご令姉様であられます」


 ララが私にこっそり耳打ちをする。

 うっそ、プレアディス公爵家とナイトレイ伯爵家って繋がってたの? 世間って狭いのね……


「弟よ、彼女がお前の新たな妻か?」

「ああ、そうだよ。そのうち紹介するつもりだった。分かったか? 分かったなら、さっさと応接室に行くぞ」


 シラーが早口で捲し立てて、カトリーヌを退室させようとする。

 しかし女公爵は、私をきつく睨み付けて一言。


「重要な話だ。彼女にも同席してもらう」


 私の義姉がものすごく怖い。

 怯えながら応接室へと向かう。私とシラーが隣同士に腰を下ろすと、その向かい側に座ったカトリーヌが話を切り出す。


「お前のところで行われる軍事演習だが、急遽我ら炎熱騎士団も加わることになった。準備をしておけ」

「…………」


 シラーが愛想笑いを浮かべたまま凍り付いた。


「姉上、一ついいかな?」

「何だ」

「演習の日程は把握しているのか?」

「明後日と聞いている」

「知っていたなら、何故もっと早く教えてくれなかったんだ。こちらにも心の準備というものがあるんだぞ」


 眉間に皺を寄せて抗議する弟に、カトリーヌは涼しい顔で切り返す。


「有事の時に備え、臨機応変に対応する力を身に付けるためだ。戦争や自然災害は、突然やって来るものだからな。それに多少の融通は利いてやる」


 ご、ごもっとも。シラーも反論出来ず、押し黙っている。

 するとカトリーヌの矛先は、私にも向けられた。


「そしてそなたが弟の伴侶に相応しいか、この目で見極めてやる。もし不備があれば、その時は……分かっているな?」


 女公爵が冷ややかに私を見詰める。

 その時はって……私、この家から追い出されるってこと?

 この人なら有り得る。そうなったらネージュともお別れ?

 そんなの絶対に嫌よ!


「気合いが入っているところ済まない。生憎アンゼリカは……」

「お手柔らかにお願いいたしますわ、お義姉様」


 シラーの言葉を遮って、にこやかに返事をする。

 もう後には引けないわ。必ず私を認めさせてみせる。


「……威勢のよい小娘だ。せいぜい頑張ることだな」


 カトリーヌの背後からゴゴゴゴとかドドドドって幻聴が聞こえる。この気迫は何なの!?



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