1.アンゼリカ
ああ、今日も終電を逃しちゃった。
会社を出たところでスマホを見て、私は小さく溜め息をついた。
久しぶりに日付が変わる前に帰れると思ってたのに……
どうせあの人は、他の女を部屋に連れ込んでいるだろうな。
私の彼氏は最悪な男だ。突然仕事を辞めたかと思えば、私の部屋に転がり込んできた。スマホ代や小遣いを私にタカり、自分は一日中ダラダラ。
何度も別れようと思ったけど、無理だった。
あんな奴でも、私を必要としてくれるからだろうか。
二十歳以上も年上のおっさんと結婚させられそうになり、親の下から逃げ出した。そしてサービス残業は当たり前のブラック企業に就職し、あんなヒモ男にも引っかかって……
はぁ。お腹空いた。
朝に食パンを一枚食べただけだもん。冷蔵庫に入っているコンビニの惣菜は、勝手に食べると彼氏に殴られる。食べていいか聞こうとしても殴られる。
優しい旦那様と可愛い子供に囲まれて暮らすのが夢だったのに、どうしてこうなったのかな。
横断歩道を渡っていると、トラックがこちらに向かって走ってきていた。
思い切り信号無視してるじゃん。だけど不思議と恐怖はない。
天国からのお迎え、という言葉が脳裏によぎったと同時に、私の意識はぷっつりと途絶えた。
「……おい、聞いてるのか?」
……え? 聞いてるって何を?
「もう調べはついているんだ。言い逃れは出来ないぞ!」
だから何の話で……いたっ!?
誰かに頬を思い切り叩かれた直後、真っ暗だった視界がクリアになった。
「いつまでも黙ってないで、とっとと白状しやがれ!」
私の恋人兼騎士団長のレイオンが私を冷たく見下ろす。
そして厳しい表情をした騎士たちが、ずらりと私を取り囲んでいる。
そうだ。私、騎士団の資金を使い込んでいたのがバレたんだっけ。
……って待て待て!
「お、お待ちください、レイオン様! 私は横領などしておりません!」
「いいや、お前が夜になると、街で遊んでいたことは分かっている。その借金を返すために、金庫から金を奪ったんだろ?」
「違います! 私はただ……」
「もういい、……アンゼリカ、お前は今日限りでクビだ。使った金も必ず全額返してもらうぞ!」
そんな……確かに弊社爆破しろとは何十回も思ったけど、犯罪に手を染めた覚えは……
……弊社? 私の職場はマティス騎士団でしょ?
違う、私はただの限界OLだってば。よれよれのスーツを着て……ない。
よくゲームやアニメの世界で見るような、質素なドレスを着ている。周りの騎士も、銀色に輝く鎧を着込んでいた。
何じゃこりゃ。
「お前ら、この女を牢に入れておけ」
「はっ」
レイオンに命じられた騎士たちが、私の両腕を押さえて部屋から連れ出す。
その間、私は混在する二つの記憶を必死に整理していた。
ええと、私の名前はアンゼリカ。吹けば飛ぶような貧乏男爵家の娘。
お金を稼ぐために、エクラタン王国が誇るマティス騎士団で料理番として働いていた。そこで騎士団長レイオン様と恋仲になったものの、何故か横領犯になってしまった。
一方で日下部綾子として、23年間生きた記憶もある。
信じられないことに、日下部綾子はアンゼリカという人間に転生したらしい。
しかもただ生まれ変わったわけじゃない。
エクラタン王国。マティス騎士団。レイオン。これらの単語に、私は聞き覚えがある。
「ここ、乙ゲーの世界じゃん」
薄汚い檻の中で膝を抱えながら、私はぼそりと呟いた。
私が高校生の頃にプレイしていたゲーム、『Magic To Love』
舞台は高位貴族のみが魔法を使えるエクラタン王国。主人公は平民にも拘わらず、何故か様々な魔法が使える少女リリアナ。
魔法を制御出来ず悩んでいたリリアナは、王太子、公爵子息、騎士団長の弟、没落した伯爵家の息子などと交流を深めながら、自分の出生の秘密を知っていく……という物語だ。
結構ワンパターンな設定だが、その重厚なシナリオと多彩なエンディングが好評を博し、ファンディスク版や続編まで作られた。
ええ、休みの日は徹夜でプレイしてましたよ。スチルやエンディングは全て回収したし、バイトで貯めた小遣いでキャラソンまで買った。
どういうわけか大好きだったゲームの世界に転生した。ヘビーユーザーとして喜ばしいことなんだろうけど、今はそれどころじゃない。
冤罪で檻にぶち込まれるとか最悪過ぎるわ!
「やってない……私はやってない……」
「囚人は私語を慎むように」
自分に言い聞かせるようにぶつぶつと唱えていると、女性の看守にたしなめられた。
だけど、私は本当にやっていない。兵舎の金庫が空っぽになっていることが発覚。さあ犯人捜しとなり、何故か私が真っ先に吊し上げられた。
しかも恋人に滅茶苦茶なじられる始末。
私はあのレイオンという男をよく知っている。攻略キャラの一人が奴の実弟なのだ。
そのキャラは嫌みたらしくて女好きなボンボンなのだが、レイオンの影響をモロに受けた結果なのだとか。しかし個別ルートに入ると、精神的に大きく成長していくのが魅力的だった。
閑話休題。
何かレイオンが若く見える。ゲームの中での奴は、確か三十代だったような。
もしかして、本編が始まる十年前の世界ってことかしら?
まあ、私にはもう関係ないか。どうせ死刑になってこの世ともおさらばだろうし。エクラタンって、結構財産犯に厳しいのよね。
ああ。次はシマエナガちゃんにでも生まれ変わりたい。
そう達観しながら、私はカビだらけの毛布に包まって目を閉じた。