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ヒーロー 競走馬と見た夢  作者: 春原 恵志
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エピローグ 二〇〇四年一月

エピローグ 二〇〇四年一月


正月明けの1月過日、北海道の日高スタリオンステーション。今年の日高地方は豪雪と言うわけではなく、一面を真っ白に雪が積もると言ったぐらいだ。さらに気温も零下10度までは冷え込まない。ただ、栃木と比較すると十分寒いが。

日高スタリオンステーションの放牧地に自家用車が近づいている。時刻は昼の12時過ぎだ。放牧地に人影は見えない。冬の牧場を訪れる人は少ない。種牡馬が数頭、放牧に出されている。日中は冬でも外に出すのが日課である。そうしないと馬にストレスが溜まってしまう。

車が止まり、村井親子と御手洗武が降りてくる。しばらく歩いて誰もいないことを確認して、その後放牧地近くの林から双眼鏡で見ている。もう一度、周辺を確認する。やはりこの時間だと誰もいない。

「とーちゃん、アムロがいるよ」

「ああ、本物のアムロだな」

アムロは放牧地でのんびりとくつろいでいるようだ。

「村井さんやっぱり係の人はいないようですね」

しばらくそのままで待機するが昼時でもあり、厩舎関係者は昼食でもしているのか、放牧地には出てこない。そしてようやく1時半ごろになって担当者が見回りに出てきた。そしてまた、厩舎の方に戻っていく。最終的には夕方になり、馬たちを厩舎に戻すようだ。

「やっぱり、12時から13時半までは誰も来ませんね」

「うん、大丈夫だな。決行は明日だ」歩美と御手洗がうなずく。


偽物のアムロことヴァケーションは生まれ故郷の小泉牧場に置いてきた。

小泉さん夫婦はアムロが里帰りしたものと思っている。彼らには一日置いてから育成牧場でリフレッショさせるといってある。

村井親子と御手洗は日高の民宿に一泊する。この時期に日高を旅行する家族も少ないので民宿のほうが驚いていた。2食付きで3500円と格安だった。宇都宮から日高までは馬運車を使いフェリー経由で来た。馬も長時間の輸送は厳しいのでぎりぎりの日程だった。

民宿で風呂に入り、夕食を食べたら、3人共すぐに寝てしまった。


翌日は信じられないような晴天だった。レンタカーで小泉牧場に行き、武井親子はヴァケーションを馬運車に乗せる。レンタカーは御手洗が返すことになった。


村井親子は馬運車にヴァケーションを乗せた頃から会話が無くなる。

いよいよ、お別れだ。

日高の牧場が両側に見える幹線道路を馬運車が走る。辺り一面、雪景色だが、今日は太陽が出ており、眩しいぐらいの気候だ。そして幹線道路を曲がり、日高スタリオンステーションへの道を北上する。しばらく走らせると、看板があり日高スタリオンステーションの厩舎と放牧地が見えてきた。時間も12時半とおあつらえ向きになった。

馬運車がアムロのいる放牧地に到着する。

「歩美、着いたぞ」

「うん」

歩美はいつになく、おとなしい。今回の旅行は最初から歩美らしくない。村井が降り、馬運車の後部扉を開ける。手綱を引いて、中から青毛の馬が出てくる。そして、歩美が放牧地にいる青毛の馬に声をかける。

「アムロ!」

すると、放牧地にいた同じく青毛の馬がその声に気が付いて、走って来る。アムロは歩美を見つけて近くに寄って来る。さらに首を上下に振って、久々の再開を喜んでいる。歩美を覚えているみたいだ。

村井が連れてきた馬は、その馬と瓜二つだった。2頭が顔を合わせる。馬でも少し不思議そうだ。そして放牧場の扉を開けて、中の馬に手綱を付けて素早く馬運車に載せる。連れてきた馬はそのまま放牧場に放す。

これで本当のヴァケーションが本来の場所にいることになった。

村井が急いで運転席に戻る。

「歩美、行くぞ」

歩美が放牧場にいるアムロことヴァケーションに別れを告げようとする。ヴァケーションは歩美をずっと見ている。まるで僕を置いていかないでと言っているようだ。歩美もそれがわかる。

「アムロ…ごめん。お前はここに居ないとだめなんだよ」ヴァケーションが鳴く。

「おい、歩美、行くぞ」馬の泣き声で誰かが来るかもしれない、村井が焦る。

「うん。今行く」

馬運車に歩美が乗り込む。さらにヴァケーションが泣く。ほとんど悲鳴に近い。馬はここまで悲しそうに鳴くものなのか、歩美も泣いている。

馬運車が走り出す。

「歩美、ごめんな。辛い思いをさせて…」村井がつぶやく。

ヴァケーションの泣き声が止まらない。泣き続けている。

「やっぱり止めて!」

村井が車を止める。「どうした?」

歩美が車から飛び降りる。そしてアムロの元に走っていく。アムロが柵から首を出す。歩美がその首に抱きつく。

「アムロ!ごめんよ、ごめんなさい。本当にありがとう」

歩美は涙と鼻汁で大変な状況だ。アムロも歩美がするに任せている。村井が車から降りて迎えに来る。

「歩美…」

「うん、わかってる。アムロ、バイバイ、また会いに来る」

歩美がヴァケーションを振り返りながらゆっくりと車に戻る。そして馬運車は走り出す。

あまりの騒ぎにスタリオンステーションの厩舎から人が出てくる。相変わらず、ヴァケーションが泣き続けている。どうしたのかと近くに寄る。

そこで係員は不思議なものを見た。

ヴァケーションが泣いている。馬は涙を流さないはずが、馬の顔には涙がたくさん流れている。

「何だ?どうした?」

相変わらずヴァケーションは泣き続けていた。


それから1週間後、村井厩舎からアムロの引退が発表された。故障による運動能力損失という話だった。ただ、阿部オーナーの計らいでアムロは功労馬として牧場に預けられることになった。 

そしてそれから2年後の2005年にとちぎ競馬は廃止となった。



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