第七話 友達との時間
放課後の図書室。
眼鏡を掛けたお下げの少女に小さな少女は頭を下げていた。
「朝野さん本当にごめん。」
事情を薄々気づいていた朝野であったが、杏子の必死の説明と謝罪を真剣に聞いていた。
「大丈夫だよ。それに体育祭実行委員に立候補したなんて、私の知ってる夏月さんとは違うからびっくりしたよ。」
朝野時子は夏月杏子という人間を掴みきれていない。
かつて初等部、中等部一年の頃の杏子を遠くから見ていた時と間近で見ている現在のギャップの違和感がとても不思議であった。
「じゃあ。描かせてもらいます。」
杏子は鉛筆と家から持ってきたスケッチブックを広げた。
「なんか、恥ずかしいな。私どうしたらいい?」
慣れないことに戸惑いを隠せない時子に杏子は落ち着かせるように話す。
「肩の力抜いていいよ。じゃあお話ししようか。」
白いスケッチブックに鉛筆を走らせながら、時子に質問をする。
「休みの日は何をしてるの?」
「読書とか映画観たりしてる。」
「好きな食べ物は?」
「果物全般かな。」
「好きな人はいる?」
不意に来た質問に時子は動揺する。
「そ、そ、そんな人いないですー!」
杏子は不敵に笑う。
時子も自分の動揺した姿が思わず恥ずかしくなり一緒に笑う。
放課後人がほどんいない図書室であっても、流石に大きく笑いすぎたかとふたりは目を合わせる。くすくすとふたりは小さく笑い合った。
「じゃあ次は私から質問ね!」
どうやら次は時子のターンらしい。
「夏月さん、最近変わった気がするけど何かあったの?」
確信をついた質問であったが杏子は案外冷静に返した。
「単純に変わりたいって思っただけ。今のままじゃダメだってずっと思ってた。桜子の金魚の糞みたいな自分が嫌いだったから。」
いつか誰かに聞かれるだろうと用意してあった答えだが、半分真実でもあった。男の記憶が戻る前の杏子も心のどこかで変わりたいと、願う気持ちがわずかながらあったことを今の杏子も知っている。
「夏月さんってすごいね。思って実践できちゃうなんて。体育祭実行委員に立候補するなんて。」
杏子は鉛筆を握る指に少し力が入る。
「あのさ、星宮すずってどんな子か知ってる?」
時子は目線を下に落とし、少しの間を空けて話し出す。
「星宮さんは昔は元気いっぱいの明るい女の子だったけど、中等部入ってから色々あったみたい。詳しくは知らないけれど。家のこととか…あと、学校でも変な噂があって…」
学校の事情に疎かった陰キャの杏子と学校のゴシップネタに詳しい陰キャの時子は、本当に同じ学校で生活していたのか疑うほどの知識の差があった。
「え?そうなんだ。ちなみにどんなことなの?」
「あまり、こういう事話すべきじゃないと思うけど。同じ実行委員だし、知りたいよね」
コクリと小さく杏子は頷く。
「星宮さんのお父さんは有名ロックバンドスターライトのボーカルだったんだけど、不倫とか女性関係で離婚したとか。」
杏子はえ?と驚く。
「あのスターライトの星宮の娘!昔よく聴いてたよ!」
「そうなんだ。結構古いバンドだからお父さんお母さん世代のファンが多いらしいけど。夏月さんも、もしかしてご両親がファンだったの?」
ヤバいと思った杏子は生まれ変わる前によく聴いていたバンドの話から話題を逸らした。
「あと噂って?」
時子は少し悩んだが、噂についても教えることにした。
「私も真偽はわからないけど。とある女子生徒を不登校にしたとか…それも、その子と恋愛関係で、レズだって言われてる。」
杏子は教えてくれた時子にお礼を言い完成したデッサンを見せる。
時子は完成した絵を嬉しそうに手に持ち眺めていた。
「本当に上手だね!夏月さんからは私がこう見えてるんだ!」
「いやー、そんな事ないよ!」
照れくさそうにしているが、内心は嬉しくてたまらない様子なのは時子から見てもわかる。
時子は照れている杏子も微笑ましく思いながら続ける。
「私って、自分のこと暗い子だって思ってるの。写真て客観的なそのままを写すでしょ?写真に写ってる自分っていつも暗いの、周りを引き立てるための影みたいに。」
杏子は時子の言葉に緩んでいた顔を正した。
「だから、周りの人の目には私が写真のように見えてるのかなって、思っちゃって。人と仲良くする事に自信がなくなっちゃたんだ。」
杏子は時子が自分のことを知ってもらいたいと勇気を出して話していることがわかった。
「でも、この絵を見て、私ってこんなに明るく見えていたんだって嬉しかった。もし、明るく描いてくれてたとしても、こんな表情の自分が見れてよかった。」
杏子は正直無意識だった。決して気を遣って明るく描いたわけではないし、少し盛って可愛くしてやろうなんて気はなかったのだ。
しかし、杏子はその答えを知っていた。
「私にとって朝野さんのイメージって明るいなんだよね。昨日勝手にデッサンしてた時も本を読む横顔も笑顔が一番しっくりきたから。」
時子は少し涙を目に浮かべながら、杏子の話を黙って聞き続ける。
「この学校の人の笑顔とか明るさってなんか違和感があって、純粋なものに見えないのかな?だからさ、その証拠に今日のこの時間すっごい楽しかったんだ私!」
はじめてできた友達が杏子で本当に良かったと心から思えた時子は勇気を振り絞った。
「嬉しい。夏月さん、いや、杏子ちゃんこれからもよろしくね。」
杏子は窓から差し込む夕陽の光を浴び、明るく染まった顔に大きな笑顔を作って返事をした。
「こちらこそ!時子!」
そして、杏子は桜子以外の友達とはじめて一緒に下校する。