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第三話 あらたな家族

杏子が玄関の扉を重く感じるのは身体が少女へと変わったからというだけではなかった。


少女の体にはあまりにも広い玄関で靴を脱いでいると、奥から騒がしい足音がこちらへ向かってくる。


「あら、おかえりなさい。今日は少し遅かったわね。」


「ただいまママ。」


記憶にある普段の少女と変わらないように返事をしてみる。


「実は今日、杏子ちゃんに似合いそうな可愛い服があったから買ってきたのよー!後で着てみてちょうだい。」


少女の記憶にある母親は娘を溺愛し、スキンシップの激しい存在であった。

しかし、少女は母親を大事に思っている感情を持っている。


「そうなの?ありがとうママ。少し宿題をしたいからお夕飯時まで部屋にいるね。」


杏子は部屋へと逃げるように向かった。


少女の部屋はお姫様が使うようなベットやカワイイ小物にぬいぐるみなど。

この世のカワイイと思われる物が詰め込まれた部屋であった。


元男の少女はひとつのイヌのようなキャラクターのぬいぐるみを抱いてベッドへと腰掛けた。


杏子は悩んでいた。かつての記憶の戻った自分を今のように愛してもらえるのか。自分は愛されるように言動に注意を払い、演技して生活するべきなのか。過去の自分を思い返した。


かつて男だった頃の少年時代の彼は、親から愛されてはいなかったと自覚していた。


幼少期は気が弱く、泣き虫で家で絵を描いたり絵本を読んだりと内向的な子供であった。

そのため、小学校の頃はイジメられたり男の友達もできず、かつての妻とふたりでよく遊んでいた。


そのため、両親からは疎まれて父親からは泣くたびに「男がすぐに泣くな」「男なら強くなれ」と言われた。


誕生日にぬいぐるみを欲しいと言えば、男がそんな物で遊ぶなとも言われ、終いには空手や柔道の習い事をさせられた。


中学生になった頃、体は成長し身長も180センチ程になり、空手や柔道の大会でそこそこの成績を収めていた。「男なら強くなれ」と父の言葉が呪縛のように彼を縛っていたことも今では自覚できた。

学校で気に入らないやつには片っ端から暴力を振るい、街でも舐められてると思えばすぐに手が出た。

そのため警察に補導され、両親が警察署に呼ばれることもあった。両親はそんな自分をこっびどく叱り、「こんな子に育てた覚えはない」などと呆れてるのである。

かつて、あんなにも「強くあれ」と息子に説いた人間のため、望むように育ってやったのにと歯を食いしばった。

そして、勘当同然に簡単に家から追い出したのであった。

あの時、唯一自分を認めてくれたのがかつての妻であったのだ。


そんな忘れたい思い出さえも、体が変わった今も覚えている男は、今度こそ両親を失望させたくない、愛されたいと思った。


「どうしたものか…」


失望させたくないが、今の自分の姿が窮屈で仕方なかった。

生前の彼の幼少期はおとなしく、今の少女のようだったかもしれないが、大人へと成長するなかでの経験や環境で人格が形成され自分の姿を見出したのだから、やはり今の演技している自分がストレスになると感じた。


「よし…少しずつでも」


悩んだ末に母親への向き合い方を決めた。

少しずつでも自分らしくいれるように変えていこうと。


部屋を出るとカタカタと食器を用意する音が聞こえる。

今日の夕飯はなんだろうなど心を躍らせることはできない心境で、支度する母親に声をかける。


「あの。」


母親は忙しく動かしていた手を止めて娘の言葉に気づく。


「どうしたの?杏子ちゃん。お腹すいた?」


優しい目を向けた母親に申し訳ないと思いつつ勇気を出して話してみる。


「私も中学生だし、ちょっとママって呼ぶの恥ずかしいから、お袋…いや、お母さんって今度から呼ばせて。なんか恥ずかしくて」


大したことのない要求と思われるが、この母親がこの要求に対して、どう反応するかは今後の言動の指標となると考えた。


母親は少しの間を置き、口を開く。


「えー!どうしたの?とても良いわー!でもお袋よりかはお母さんがいいわねー!お母さんって呼ぶ杏子ちゃんもとってもカワイイ!」


この反応には呆気に取られた。しかし、母親は止まらない。


「実は杏子ちゃんあまり自己主張しないから、本当はどうして欲しいのかわからなかったの!だからとても嬉しいわ!娘の事わかってあげられなくて母親失格ね?」


13年の少女と母親の記憶持っていながら、母親の事をわかってあげられなかった、自分も家族失格だなと。杏子は思い小さく笑った。


「それならお父さんにも杏子ちゃんのこと姫って呼ばせるのやめさせなきゃね。どう思う?」


間髪入れずに答える


「すぐにでも辞めさせてー!」


そう叫び終えると娘は母親と目を少し合わせて笑い合った。


「ねえーどうしたのー!?」


リビングから、床を忙しい足音を立てて小学生ほどの少女が向かってくる。妹の夏月すみれである。


「すみれちゃん。お母さん杏子ちゃんと少し大事なお話ししてたのよー。」


甘ったるく優しい声にこの少女は不貞腐れたように怒る。


「ずるいよー笑って話してたじゃーん!教えてよー!」


騒がしくも心が穏やかになれる家族に居心地の良さを感じていた。



風呂上がり、濡れた髪から湯気が立ち込める可憐な美少女が鏡に映り、元男の少女は思わずぎくりと表情が強張る。


記憶が戻り半日も経っていないため、未だ自分の容姿には慣れない。


鏡に顔を近づけて自分の顔を覚えるように、顔を上下左右と動かしながら確認する。


「やっぱり俺って可愛いな。」


自分で言っても恥ずかしくならないほどに完璧な美少女であった。


髪を乾かしスキンケアも行ったが、記憶が戻る前の少女の習慣の身につきにより、苦戦する事はなく、改めて少女になった自覚をする。


部屋に戻り、母親が買ってきたという服であろうか百貨店の紙袋がおいてあった。


好奇心で紙袋に入っていたワンピースを手に取った。


「せっかく買ってきてもらったし、着なくちゃ失礼だよな?いやっ流石にワンピースは無理か?いやでも、今は女の子だし。」


心の葛藤が声に出ている事も気づいていなかった。


姿見に映るパジャマ姿の自分が不意に目に止まった。頬を赤らめ恥ずかしがる自分の姿を見た瞬間、心を制止することができなくなりワンピースを着始めたのであった。


「おー完璧じゃん。さすが娘の事をよくわかっているな…お母さんは」


などとブツブツと呟きながら姿見の前でポーズを取っていると、部屋の扉がバーンと開く。


不意な衝撃に振り向くと満面な笑みを浮かべる母親と驚いた表情の妹、それに仕事帰りの父も娘の違う一面を見た事で驚きを隠せないでいる。


「ちょ!急に入ってこないでー!」


照れて思わず叫んだが、どこか心は穏やかであった。自分を受け入れられた安心からだろうか、考えることもなかった。


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