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第二十話 優しさの裏返し

雨音咲耶は約束とは違い、練習に参加する様子はなく教室から逃げるように下駄箱へと向かった。

靴に履き替えグラウンドで体育祭の練習をしている級友を横目に校門へ歩きだす。

そんな雨音の心は苦しさで満ちていた。

「あの女、馬鹿じゃないの!ホントにムカつくわ!」心の中で必死に杏子を罵倒する。


しかし、杏子の土下座をしている姿を思い出すと、心の奥が苦しく涙が溢れそうになる。


罪悪感。それは雨音咲耶が本来持つ優しい心にはあまりにも思い重圧となった。


息が苦しくなる雨音咲耶は、かつて夏月杏子を嫌うきっかけとなった思い出を掘り起こす事で罪悪感を消そうとした。


初等部の頃、雨音咲耶は大きなコンプレックスを持っていた。

それは目つきの悪さであった。

人を威圧するような目付きのせいで、人から恐れられているような感じがしており、事実友人も多くなかった。


そんな悩みを抱えていた少女はある日、テレビでとある言葉を耳にする。「顔は内面を映す鏡」。

その言葉は雨音にとって大きな意味を与えた。

心を、内面を、性格を良くすればきっと表情も良くなって、人が集まる人間になれると。

その日から雨音はできるだけ優しい心を持つように心がけ、人と接する時も嫌味のない様にした。

そんな雨音の努力は功を奏し、高学年に上がる頃には人が集まるグループの中心人物となっていた。

最初は演技であったかもしれない、次第にそんな優しい性格も雨音自身となり決して違和感も感じなくなっていた。


しかし、夏月杏子との出会いは雨音の優しい心を壊す事になった。


初等部の5年生になった頃、雨音はクラスでいつもひとりぼっちの少女のことが気にかかった。

それは、夏月杏子であった。

決して誰とも接する事はなく、人と話している姿も別のクラスの夜々川桜子と話している姿しか見たことがない。

雨音はきっとクラスに馴染めていないと思い、積極的に話しかける様にした。

最初の頃は雨音の話を聞く素振りを見せていたが、次第に話に相槌すら打たなくなった。

それでも雨音は根気強くクラスメイトの一員として彼女をひとりぼっちから救いたいと願っていた。


そして、そんなある日雨音にとっての大きな事件が起きた。


珍しく夏月杏子が天音に一緒に帰ろうと誘ったのだ。

雨音は自分の努力が報われ、夏月杏子とも仲良くなれると思った。

しかし、現実は違ったのだ。

帰り道の道中一方的に話を盛り上げようとする雨音に対して夏月杏子は話を遮るように言った。


「私。あなたが苦手だから。二度と話しかけないで。」


面喰らった雨音は引き攣った顔で理由をきく。


「どうして?私は仲良くなりたいよ。」


夏月杏子は表情ひとつ変えず残酷に言い放つ。


「なぜだかわからないけど。あなたの作り笑顔が嫌い。裏がある様に感じるの。」


夏月杏子の言葉に悪気はなかったのである。

前世の記憶が戻ってないとしても、潜在的に30歳を超えた人間の心を持つ彼女にとって。

笑顔という甘い表情の多面性を本能的に理解しており、雨音の笑顔に警戒心をもっていた。


しかし、雨音にとってその言葉は何より一番傷つくものであった。

普段は自然に笑えてたかもしれない。しかし、夏月杏子と接する時は自然な表情が出来ず作り笑いをしていた。

一番突かれたくない事を指摘され、今まで我慢していたものを吐き出す。


「何それ?酷いこと言うね!折角仲良くしてあげようと思ったのに!」


雨音は言い終えた時、自分の失言に後悔し気づく。決して表に出してはいけない言葉だと。


「ご、ごめん。今の嘘だから。」


雨音は咄嗟に謝罪するが、夏月杏子は気にした素振りも見せずに答える。


「やっぱりね。」


夏月杏子は雨音咲耶に背を向けて歩き出す。

雨音はその背中を追いかけることができなかった。


雨音咲耶はそれから他人との接し方がわからなくなり、ささくれた心は彼女から優しさを奪って捻くれさせたのであった。



杏子は星宮と遅れてグラウンドに行くと、それに気づいたクラスメイト達は集まる。

杏子は全員が集まるのを確認して本格的に騎馬戦の練習に入ることを告げる。


「本番も来週に迫ってるから、今日から騎馬戦の練習をしようと思います。」


女子生徒たちは練習といっても鬼ごっこやケイドロ、そして鉄棒などの遊びを毎日しただけであった。しかし、普段運動をしない彼女達にとって、それだけでも基礎的な体力作りにはなったようで、皆自信があったようだ。


「とうとう騎馬戦の練習ね!楽しみだわ!」


「私の場合は家でもエクササイズをしてるので皆様より自信がございます。」


場がざわざわと騒ぎだしたため、杏子は話を続けた。


「みんなは騎馬戦のルールはわかる?」


微妙な反応が返って来たため、杏子はわかっているのか不安だったため騎馬戦のルールと今回の体育祭のレギュレーションについて説明した。


「騎馬戦は4人1組で3人が騎馬を作り、1人が騎手になる。そして、今回の体育祭は1クラス4組か5組の騎馬を用意して。相手チームの騎手のはちまきを取るゲームだ!」


簡単に説明したが、理解はおそらくできている感だろう。


「そしてはちまきを取られた騎馬は死ぬ。制限時間3分の間に多く残っていたチームが勝ちというルールだ。騎馬が崩れた場合も死んだの同じ扱いで作り直す事はできない。故意に暴力で騎馬を壊す事は反則だ。」


1人の女子が疑問に思ったことを確認する。


「4組か5組の騎馬を用意するって女子の多いクラス有利じゃない?」


「その場合は多く用意できるクラスは少ないチームの数に合わせて減らせる。うちのクラスは5組できると思うから疲れた騎馬は休ませられるから有利だね。」


星宮が補足を入れる。


「それと試合は2年のクラス全てと総当たりになる。それと、うちのクラスは女子の人数が多いから騎馬戦は有利だけど、男子は少ないから棒倒しは休める人がいないのがキツそうだね。」


それを聞いた女子達は珍しく男子に同情したようであった。


説明が終わり好きに4人組を作ってもらい、その4人組で自由に騎手を決めてもらった。

しかし、今女子は19人しかおらず4組の騎馬しか作れない事はわかっていた。杏子と星宮と八百坂で出来た組は騎馬が作れないため、今日のところはそれぞれが他の組に加わり練習をした。


本格的に騎馬戦の練習に入れた事で雨音咲耶の不在の大きさ、クラスメイト一人一人の大切さを実感した杏子であった。

そして、杏子は雨音咲耶にも体育祭を頑張ってもらうよう働きかける決意を固める。


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