後編
それから私たちは周到に準備して、ある夜会で私はペネロペにこう切り出した。
「ペネロペ、僕は貴女と婚約破棄する!!」
私がペネロペに向かってそういうと、彼女はまるで悲劇のヒロインになったかのようによろめいて涙を流し始めたわ。
まぁ、とっても演技がお上手ですこと。
「アーロン様、どうして……私がなにかいたしましたでしょうか?」
「貴女は妹であるノエリアに下働き以下の生活をさせていただろう」
「そんなこと、していませんわ! 誤解です!」
「妹が失踪したというのに、探そうともしていないようだが?」
「勝手に出ていったんですもの、知りませんわ!」
「ペネロペ、貴女が『あんな女、いなくなってせいせいした』と言っていたのを、聞いていた者がいるんだよ」
「そんなの、誰が──」
「貴女の浮気相手、と言えばわかるかな?」
そういうと、ペネロペは会場内にいた一人の男をギッと睨んだわ。あら、その人が浮気相手だったのね。
「お、俺は言ってない!!」
「あなた以外いないじゃない!!」
これは鎌を掛けただけだったんだけど、見事に引っかかってくれたわ。
いろいろ調べるうちに、もしかしてペネロペは浮気していたのではないかと思ったのだけど、相手が誰かまではわからなかったのよね。
ちなみに、あんな女いなくなってせいせいしたっていう言葉を聞いたのは、彼女の家の使用人の一人。
ノエリアにつらくあたっていたのを見て心を痛めていたみたいで、証言はばっちりなのよ。ま、幾らかはお金を掴ませたけれどね。
「王子殿下の御前だ。醜い言い争いはやめてもらおう」
すっと一歩前に出てくれるダリオ。あーん、もうかっこいいんだから!
っは! うっとりしている場合じゃないわ!
私はキッと目尻を強めて、ペネロペに向かって言い放った。
「僕は家族を大切にできぬ者や、浮気をするような者と結婚する気はない。不貞など、立派な契約違反だ。この婚約は、破棄させてもらう!」
「うう……っ」
ペネロペは悔しそうにしているけれど、自業自得だわ。
わざわざ夜会で派手に婚約破棄したのには、もちろん意味があるの。
どこかに駆け落ちしたアーロンとノエリアの耳に入るように、そして戻ってきてくれるように。
その日の夜会は騒然となった分、世間を賑わして──
そして、アーロンとノエリアが帰ってきたの!
「急にいなくなって悪かった、マリルー」
「本当だわ!」
ぷんぷんと怒ったふりをして見せると、申し訳なさそうに眉を下げているから、許してあげるけどね?
ペネロペとは婚約破棄できたけれど、政治的な関係でパルラモン侯爵家の娘を娶りたい我が王家は、次の婚約者にノエリアを指名した。もちろんノエリアは受け入れてくれて、幸せそうに笑っているわ。
空気みたいな子だと思っていたけれど、なかなかどうして可愛い子じゃない! 恋のなせる力かしら?
「もう駆け落ちなんてしちゃダメよ、アーロン!」
「ノエリアがいるなら、こんなことしないよ。この国をノエリアと共に発展させていく。マリルーも、いつもの生活に戻ってくれ」
「いいえ、もどらないわ! 私は病気で隔離されていることになっているから、そのまま死んだことにでもしておいて欲しいの!」
「なにを言っているんだ、マリルー?!」
まぁ、アーロンったら目を白黒させていて面白いわ。でも、私は本気なの! その理由は……
「アーロン様、俺はマリルー様を連れて駆け落ちしようと思っています」
「ダリオ?! お前、告白したのか!!」
「はい」
あぁ、真っ直ぐアーロンに伝えるその横顔の精悍さったらもう、たまらないわ!
「は、はは! そうか……よく言ったな! ダリオはずっとマリルーが好きだったもんな!」
アーロンはダリオの隣に行って、バンバンとその背中を叩き始めた。ダリオのちょっと照れ臭そうな顔。もう、うれしくてニマニマが止まりそうにないわ!
「マリルー、お前もダリオが好きだったのか?」
「ええ……私にはずっと婚約者がいたから思いを打ち明けるつもりはなかったけど、ダリオの気持ちを聞くと私も抑えられなかったの!」
「マリルー様……」
ダリオが私の方を見て、嬉しそうに深い海色の目を細めてくれる。ああ、たまらなく甘い顔。私の心までとかされそう。
「アーロン様、俺はマリルー様に見合うだけの身分はなく、もし婚姻関係になろうものなら、貴族たちの反発は必至です。陛下もお許しにはならないでしょう。だからどうか、駆け落ちをさせてください」
「駆け落ちは大変だぞ? 僕はおすすめできない」
「アーロン様にできることなら、俺にだってできますよ」
試すように言ったアーロンに、ダリルはニヤッと笑って言い返した。その顔、私にもして欲しいわ!
「あっはは! そうだね、僕にできるんならダリオには余裕だろう。いいよ。そもそも先に駆け落ちして迷惑をかけたのは僕の方なんだ。止める権利はないから、自由にしてくれ」
アーロンがクックと笑っていて、私たちは顔を見合わせる。
私は、私たちは、自由になれるのね……! 愛し合っても、かまわないのね!
こうして私たちは、アーロンとノエリアにだけ駆け落ちすることを告げて、次の日の明け方にこっそりと城を出たの。
「見て、ダリオ。きれいな朝焼けだわ!」
「俺にはマリルー様の方が美しくて眩しいですよ」
初めてのパンツルックで馬に二人乗りした私は、後ろから抱きしめてくれるダリオを見上げる。
「本当に? これからは着飾れることなんてなくなってしまうわ。そうなったら、あなたは他の人に目を向けてしまわない?」
私の心にある、わずかな不安。それを伝えると、ダリオは優しい笑みのまま首を横に振った。
「絶対に俺はあなたを裏切りませんから。ずっとマリルー様にぞっこんなんですよ、俺」
その言葉が、嬉しくってくすぐったくて、胸がきゅんってなる。
「私も絶対に裏切らないわ! ダリオのこと、大好きですもの!」
そう伝えると、久々に女に戻った私の体をダリオは抱きしめてくれて……
「マリルー様、愛しています」
駆け落ちを決行したその日。
さわやかな朝の光を浴びながら、私たちは初めての唇を交わした。
お読みくださりありがとうございました。
『若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。』https://ncode.syosetu.com/n7891hn/
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