第97話 料理人ミルチナ
「あの~、すみません。ミルチナさんはいらっしゃいますか? ドラゴンの料理をパーティーで作ってもらいたいんですけど」
「今、ミルチナは下水路の掃除に言っているわよ」
「えっ、ミルチナさんって、ここの料理長じゃ無かったんですか!」
「ミルチナ殿はご在宅かな。伯爵家のパーティーの料理を作っていただきたいのだが」
「ミルチナなら山に行って薬草採取してますよ」
「流石、準優勝された方だ。自ら食材探しに行くとは」
「いえ、ただの依頼の仕事です」
お店に、ミルチナの噂を聞いた人達がやって来るようになった。
「私も店番してる時に、自分のお店で働いてくれってレストランの人が来てたわよ」
「すみません。あたしのせいでお店に迷惑かけて」
「別にそれぐらい迷惑でもないんだけど、あんたもそろそろ、どうするか決めた方がいいんじゃない」
「えっ、どうするって?」
「あなた、王都一の料理人になるんでしょう」
「あっ、そうでした」
この子、最初の目的を忘れてるんじゃない。
「有名店のお店で修行するとか、自分でお店を開くとか考えないと」
「でも、そうするとユイトさんと別れないといけないし……、今のままでも楽しいし……」
ダメだわ! このままじゃ完全にダメになってしまうわ!
「ミルチナ! あなた王都で一番のお店に行って雇ってもらえるように頼みに行きなさい。あなたは料理人であって、何でも屋じゃないのよ」
王都で一番格式の高いと言われているお店に行って、面接を受けるように言った。
私に言われて渋々そのお店に行って、午後にミルチナが暗い顔をして帰って来た。
「そうよね、いきなり王都一のお店に行ってもダメよね。次のお店を考えましょう」
「どうしましょう、メアリィさん。明日にでも来て働いてくれって言われました。イベント関係のチーフになって欲しいって」
えっ、そんな簡単に雇ってくれたの? それに役職までもらったの?
「す、すごいじゃない。あんな有名なお店で働かせてもらえるなんて」
料理人の世界は実力主義で、コンテスト準優勝のすごい料理が作れる料理人なら是が非でも欲しいと言われたらしい。
ミルチナは、そのお店に2、3日考えると言って帰って来たと言っている。
夜、シンシアも交えて相談する。
「ミルチナちゃん。これはいいお話だと思うわ。すごくいいお店じゃない。色んな勉強もできると思うのよ」
「そうよ。貴族のパーティーで料理も作っているって聞いたわ。ミルチナの料理を披露するチャンスだわ」
そのお店は、貴族が多く来る一流のお店で、今回のコンテストには参加していないらしい。でもミルチナが作ったドラゴンの料理は知っていて、メニューに加えたいと言ったそうだ。
「でもあたし、ここを離れるのは……」
「ボクもミルチナがいなくなるのは寂しいけど、成長するチャンスだと思うよ」
「ユイトさん……」
「離れるって言っても、同じ王都の中なのよ。いつでも会えるわよ」
「そうだね。そのお店でもっと勉強して、もしミルチナがお店を持てるようになったら、今度はボクがお店までミルチナの料理を食べに行くよ」
「そうですね、あたしは料理人ですし修行中の身です。まだ決心はつきませんが考えてみる事にします」
そうね。自分の将来の事ですもの、しっかりと考えて決めてくれればいいわ。
3日後。ミルチナは料理店で働くことを決心して、私達のお店を離れることになった。向こうの料理店にも住み込みのための部屋があるそうで、借りてきた小さな荷馬車に部屋の荷物を乗せる。
「メアリィさん。今までありがとうございました」
「次のお店でも頑張るのよ」
「はい」
気持ちも吹っ切れたのか、元気のいい返事を返してくれた。
「ミルチナちゃん。体には気を付けてね」
「シンシアさんも」
「ボクもミルチナの料理が食べれないと思うと寂しいけど、勉強してもっと美味しい料理を作ってよ」
「はい、はい。あたしにいろんな事を教えてくれて、ありがとうございました。これからも忘れません。ユイトさん」
ミルチナはユイトの首に抱きついて、唇にキスをする。突然の事でユイトも慌てている。私も驚いたけど、まあ今日ぐらいは許してあげましょう。
ミルチナも恥ずかしいのか、そそくさと荷馬車に乗り込み、最後の挨拶をして馬車を走らせた。
「セイランもいなくなって、ミルチナとも今日でお別れ。寂しくなるわね」
「ボクがいるじゃないか、メアリィ」
「そうね。最初の頃に戻っただけだものね」
そう、住み込みはユイトだけになったけど、お店は大きくなって社員も増えた。まだまだこれからよね。
王都では結婚披露宴のパーティーや貴族の社交界で、あのドラゴンの料理が出されることが多くなったそうだ。
ミルチナも頑張っているみたいね。
久しぶりに、宮殿前広場のレストランにシンシアと食事をする事になった。
「あれ、ここの料理、味が変わったわね」
「はい、最近流行の食材の味を引き出す料理でございます」
そうなのね。私はこっちの味の方が好きだわ。ミルチナが作ってくれたような優しい味だわ。
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次回は、2話連続更新となります。