第80話 首都
「頼もう! 拙者は鬼人族のセイランと申す。主に話したき儀あり。国王陛下にお目通り願いたい」
首都メレシルの城門前にて大声で叫ぶ鬼人あり。その報は城門より宮殿へと指向性の念話装置により即座に伝えられた。
書状のみ受け取るようにとの返信に、門番は門を開け2人を中に招き入れる。街に入る手前、城壁内の部屋の中から窓を開けずに門番が二人に話しかける。
(国王陛下に会う事はできない。書状のみを受け取ろう)
「おっと、しまった。鬼人に念話は聞こえなかったな」
(いや、聞こえ……ている。窓……開けて……もらえぬか)
「お前、念話が使えるのか!」
窓を開けた門番が驚き、大きな声で叫ぶ。
「門番殿、拙者らは直接国王陛下と話がしたい。再考を願う。願いが聞き届けられるまでここを動かぬ所存」
鬼人の二人は城壁内の通路に座り込み、動こうとしない。
「なに、陛下に謁見したいと言っているのか。何人で来ているのだ」
「鬼人族の女剣士が二人でございます」
「であれば、追い出すことも容易であろう」
「その者達は念話を聞き取り話すことができる者達です。普通の使者ではないと思われます」
「まさか国民を襲い、強要しイヤリングを奪ったのではあるまいな」
門番と担当者だけでは、話がつかないと考えた外交部の幹部が陛下の側近の者と相談する。
「念話が聞け、話せる鬼人の剣士が二人門の所まで来ているそうだ。どう対応すれば良いと思われる」
「通常なら追い返すが、その者達の素性を見てみても良いかもしれん。2、3質問して答えを報告してくれるか」
念話イヤリングを手に入れた経緯や、ここに来た用件などを聞くことになった。その結果を陛下の側近に報告して判断を仰ぐ。
「中々面白い奴が来たようだな。それなら直接会って確かめるのが早かろう。陛下に害成す者や、国益にならん者達であれば排除すればいい。俺が出向こう」
「ギアデス様が直接行かれるのか」
「たまには俺も役に立たんとな。王宮でただ飯を食っているだけだと思われてもかなわんからな」
鬼人に興味を持った側近のギアデスが、城門へと向かうことになった。
◇
◇
「セイラン。ここでは私達歓迎されてないようね」
「これがこの国のやり方というなら仕方あるまい。我らはここに居座るしかないであろうな」
そこに大きな影と共にドラゴンが降り立つ。
「うわっ!! 神龍族、神龍族だよ!」
「お前達か、モリオン国から来た使者というのは」
威嚇するような鋭い声で問う。
「拙者はセイランと申す。ここの守護者であろうか。国王陛下にお目通り願いたい。取り次いでいただけるか」
「俺を見ても尚、そのような事を言えるとはたいした奴だ。だが断わる。書状のみを置いて立ち去れ」
「それはできぬ相談。良き返事をいただけるまで動くつもりは御座らん」
全く動じない鬼人を見て怒りの表情を浮かべる。
「ならば俺を倒してから行け。お前に俺と戦う度胸があるのならな」
鬼人の剣士はすっと立ち上がり言う。
「ここで戦えというならば、拙者にも勝機はある」
「勝機だと?」
「守護者であるならば街中でブレスを使う事はできぬであろう。強力過ぎて住民を巻き込むであろうからな」
「ほう。俺の種族の事を知っているのか。その程度のハンデをくれてやっても良いぞ。俺は爪だけで十分だ」
「イズルナ。拙者の荷物を持って下がられよ。もし拙者が破れることあらば、その書状のみ置いて国へ帰られよ」
「セイラン。そんなのだめだよ。私も戦う」
「ならぬ!!」
そう言い放ち、抜刀して前に駆け出した。
「謝まれば許したものを。本気でかかってくるとはバカな奴だ。そんな遅くてはこの爪の餌食になるだけだぞ」
女剣士に向かって振るった右腕の先。捕らえたはずの鬼人の姿は無く鋭い爪は空を切る。
「ぬっ!」
痛みを感じ下を見ると足の鱗が2枚剥がれ落ちて血が出ている。
「さすがに龍の鱗は固いな。この刀でも切れぬか」
「おのれ!!」
ドラゴンのシッポが鞭のように女剣士に向かう。その太いシッポを軽々と飛び越え、顔に向けて火魔法をぶつけてくる。
目を閉じた瞬間に足の爪の何本かが切り落とされた。
その剣士の足は速く、風のごとし。ドラゴンの攻撃を躱しつつ剣を振るう。ドラゴンも巨体ではあるがその動きは俊敏。手足の爪やシッポ、背中の翼までも使い攻撃してくる。
ここの住民も何の騒ぎかと見に来るが、ドラゴンと鬼人との大立ち回りに建物の陰に隠れる。
ドラゴンも相手の動きに慣れてきたのか斬られる事もなく戦闘が続くが、このまま体力勝負となると鬼人が不利になってしまうだろう。
「これこれ、ギアデスよ。お前が本気になって戦ってどうする」
「おっ、ミネトリス。すまん、つい熱くなっちまった」
ドラゴンは空を飛び、やって来たドリュアス族の女性の横につく。まだ幼く見えるが本当の年齢は判別がつかない。このドラゴンの飼い主であろうと女剣士は思う。
「セイランと言ったか、ギアデスが失礼したな。怪我はないか」
「大丈夫だ。怪我させるような事はしちゃいないさ。それより俺の怪我の心配はしてくれねえのかよ」
「そなたのは自業自得じゃ」
二人のやり取りを聞いていた女剣士が口を開く。
「どなたか存じぬが、拙者、国王陛下に会うためにここまで来た者。お取次ぎ願えぬか」
「セイラン。すまねえな。こいつが国王、いや女王陛下だ」
「こいつとは無礼であるな。セイラン、詫びもかねて王宮に来てくれぬか。そこでゆっくりと話そう」
周りにいる住民達は片膝を突いて頭を下げている。その様子を見た女剣士も慌てて両膝と両手を地に突く。
「女王陛下と知らず、失礼仕った」
「よい、よい。さあ、連れの者と一緒に馬車に乗ってくれるか。そうじゃ、斬った鱗と爪は持ち帰るがよいぞ。神龍討伐の証しとすればよい」
「おいおい、俺は討伐されちゃいないぞ」
笑いながら馬車に乗り込む女王陛下。それに続く女剣士が二人。これにて城門での騒動は一件落着となった。