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第76話 王国帰りの剣士

「道場が騒がしいから来てみたけど、これはどういう事かしら」


 副師範代以下の者達が、腕や腹を押さえて道場の隅に蹲っている。道場の中央には女剣士が一人座る。


「お嬢。あの剣士の共を選ぶため試合をしておりましたが、副師範代が破れ残るは師範代のみ。試合をするか吟味しているところです」


 なるほど、剣士一人に師範代まで破れるとなると、この道場の権威に関わると言う事ね。師範はお父様だけど実質の最強の者は師範代となる。道場破りなら看板を持っていかれると言うところまで追い込まれたのね。


「面白いわ。それなら私と勝負しなさい」


「そなたはこの道場の者か」


「私は師範の娘。でも道場に所属していないの。女は副師範代までにしかなれないじゃない。でも私がこの道場最強よ」


 女というだけで下に見られる。それに私は1本角だ。侮られて道場で稽古するよりも師範であるお父様に教えてもらい自力で稽古した方がいい。私は武士になるつもりはないけど、今ではこの道場で私に敵う者はいない。


「ならば試合ってもらえるか。拙者は共を連れて行く気は御座らん。そなたに勝ち、出立いたす所存」


「この田舎侍が。この私に勝つつもりなの。まあ、いいわ。お父様、よろしいでしょうか」


「そうだな、日も暮れてきた。これを最後の試合としよう」


 これで勝っても負けても、この道場には傷がつかない。

副師範代を打ち負かすとは、それなりの実力者のようだけど、一撃で決めてあげるわ。


「始め」


 審判をする師範代から声がかかる。心を落ち着かせて斬り込む。木刀がぶつかる音がする。


「そんな!! なんであんたが受け止められるのよ」


 これは奥義、かすみ。お父様より授けられた剣技。この道場でだれも使う事ができない技だ。

それを初見で受け止められた。


 女剣士が懐に入ろうと間合いを詰めてくる。下がりながら剣を受けるけど、何なのこの動きは! 相手の体が2重3重にブレて見える。私のかすみも体がブレて見えると言われるけど、その比じゃないわ。


 こちらから撃ち込んでも体を捕らえることができず空振りになる。幻術なの?


 何とかこらえて体勢を立て直す。女剣士の動きが止まったと思った瞬間、持っていた剣が消えた。そして下から影のような物だけが見えた。剣筋は見えないけど受け止めなくちゃ。


 いや。だめだ!!


 それは直観。これを受けても斬られる!

私は持っている剣を手放し、後ろに飛び退く。天井まで跳ねあげられた剣が重い音で道場の床に落ちてきた。


「まさか剣圧で人を斬るなんてことが……」


 飛び退いた私の腹から胸にかけて剣圧が掠めた。道着は切り裂かれ、剣が当たった訳ではないが確かに斬られた感覚に私は床に腰から崩れ落ちた。冷汗が止まらない。


「拙者は、これにて失礼仕る」


 女剣士が去った後、道場は静寂に包まれ、今までの喧騒が嘘のようだ。居住まいを正してお父様に尋ねる。


「あの者はいったい誰なのですか?」


「王国より帰国し、これより特使としてアンデシン国へと向かわれる。セイラン殿と申される方だ」


 王国帰りの女剣士。新大陸は未知の場所。そこを旅してきたからあれほど強いと言うの。


「それで、共も連れず一人で他国へ行くと言うのですか」


「それがセイラン殿の希望だからな」



 アンデシン国へ向かう日。


「あなた、セイランって言うそうね。私はイズルナ。アンデシン国まで付いて行く事になったわ」


「拙者には共は要らぬと申したはずだが」


「足手まといにはならないわ」


「拙者は未熟者ゆえ、そなたを守る事はできぬぞ」


「ほんと未熟者ね。父様はあなたの共を選べと老中ゼケレス様に言われたそうじゃない。共を見つけられませんでしたじゃ面目が立たないでしょう」


 つべこべ言うセイランと一緒に国境まで行くという馬車に乗り込む。


「あなたは共も付けずに一人で行くのでしょう。私は勝手にあなたに付いて行くだけ。だから気にしないでいいわよ」


「なぜ拙者に付いて来るなどと……」


「あなたに付いていけば、私は強くなれる気がするの。道場で見たあなたの強さを知るためよ」


「それは買被りであろう」


「それに前回、首都までいった者の記録が私の道場には残っているのよ。少しはセイランの役に立てるわ」


 前回アンデシン国へ赴いた者の中に、我が門下の者がいた。その記録を読んで、まとめた物を持ってきている。幕府からは地図ももらっているそうだし、私達二人なら目的地に辿り着けるわ。


「アンデシン国はほとんどが魔の森に覆われた国。首都までは馬でも10日以上の道程(みちのり)と聞く。御家族が心配されるであろう」


「父様には、娘は死んだものと思ってくれと言ってあるわ。家は弟が継ぐから心配は無用よ」


 ここから国境までは、5日の馬車の旅となる。


「イズルナ殿は……」


「私の事はイズルナと呼んでもらえる。失礼だけど私もセイランと呼ばせてもらうわ。この先は危険な道を通らないとダメなのよ。お互い遠慮があっちゃ危険でしょう」


「では、イズルナ。これから向かうアンデシン国、そこに住む木の精霊族と称されるドリュアス族の王の事について何かご存じか」


「前回は、王には会えなかったそうよ」


「会えなかった? 失敗したと言う事か」


「いいえ、首都メレシルに到着したそうだけど、街に入ったところの門番に書状を渡す事しかできなかったと。10人送り出しその半数しか帰って来れなかったとも書いてあったわ」


「今回は、ビラマニ国との仲介を頼むもの。主たる方にお会いして色よい返事をいただかねばならぬ」


「そうよね。でもドリュアス族は長寿で森を愛し思慮深き方々らしいわね。そんな人達の考えは私には分からないわ。出たとこ勝負でしょうね」


 これから行くアンデシン国は神秘の国。でも私達と接点が無いわけでもない。敵対しているビラマニ国とも接点がある。中立ではあるが武力的に弱くはない。過去、ビラマニ国が侵攻した事があったそうだけど、凄まじい魔法攻撃を受け大敗したと言う。


 幕府はドリュアス族の王に仲介を頼むらしい。適任ではあるけど話し合いで解決すると言う事は、こちらの言い分が全て通る訳ではない。譲歩するのを承知の上で仲介を頼むことになる。それだけに王には直接お会いし話をして、こちらが不利にならないようにする必要がある。


「でも、まずは首都に到着しない事には話にならないわ」


 確率は2分の1。最悪、私かセイランのどちらかが首都へ行き、書状を渡せればそれでいい。


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