第44話 ジェットブーツ
「メアリィさん、ジェットブーツの用意ができました。こちらへどうぞ」
セシルさんに呼ばれて家の中に入る。ヤマネコ獣人である私に合うブーツを用意してくれて、セシルさんと向き合って椅子に座る。
「これは風の靴と特殊な火魔法ジェットを装備したブーツになります」
風の靴というのは速く走るための靴だと言っていたわね。
「火魔法ジェットって飛行機のエンジンに使っている魔道具ですよね。それがこの靴についているんですか?」
「ええ、飛行機よりもっと小さな物ですけど」
そう言ってブーツの靴底を見せてもらった。分厚い靴底には4つの穴が開いていて丸い金属の球体が取り付けてあった。
この球体が火魔法ジェットだと言う。
「このブーツに特殊な火の魔力を流すことで、飛び跳ねたり高速で移動することができます」
足の指先に魔道具のように魔力を入れる箇所があって、そこから風や火の魔力を入れるそうだ。
「試しにブーツを履いて、火魔法以外の魔力を入れてください。この横にあるのが起動スイッチになります」
言う通りにスイッチを入れて魔力を流すと体が浮かび上がって、背中を押してもらうとスーと移動する。なんだか不思議な感覚だわ。
「膝を曲げて少し前かがみになって魔力を流していただけますか」
靴に魔力を入れると背中を押されることもなくゆっくりと前へと進んでいく。何もしてないのに移動するなんて、今までにない感覚だけど、やっぱり不安定ね。グラグラして真っ直ぐに進めない。
「今は内蔵されている魔道部品の力で進んでいるだけです。火魔法ジェットを使いこなすためには、特殊な魔法を習得していただきます」
今のは体のバランスを取るための練習モードで、小さな子供が遊ぶ時に使うそうだ。
「このジェットは飛行機に使われている物と同じですが、飛行機のように自動で制御できません。実戦で使うには、火魔法ジェットを直接制御する必要があります」
火の魔法を扱うと言うので一旦靴の練習を止めて、セシルさんと一緒に家の横の平原に出る。セシルさんは人差し指を立てて私に見せる。
「こちらの指先を見てください。火魔法を連続で発動します」
セシルさんの指からは、上空に向かって小さな火の玉が繋がって出ている。細い火の棒のようだわ。しかも指を弾くことなく火魔法が発現している。普通は体内の魔力を放出するため指を弾くけど、魔力を断続して勢いよく指に流すことで魔力放出すると言う。
「これを大きくすると、攻撃魔法として使うこともできますよ」
セシルさんが指先から出ている火の勢いを増し、ムチのようにしなる火魔法を出して見せた。線状に伸びた炎を上下左右に振るい地面に叩きつける。
地面に穴が開くほどの威力。こんなの学校でも習ったことがない。
「これは時分割を応用した魔力制御です。ドライヤーにも使われている魔法ですよ」
「ドライヤーと同じ魔法!?」
魔道具の専門書に書いてあった時分割の原理。それをセシルさんから聞くとは思ってもみなかった。
セシルさんに聞くと、最初にドライヤー魔法があり、それを魔道具にしたのが今のドライヤーだと言う。
「では、親指と人差し指と中指の3本をくっつける形から練習していきましょう」
細かく魔力を分割制御し火と風の魔法を同時に発動する練習をする。指を弾くなどの動作ではなく目に見えない体内の魔力制御だ。これは難しい。
「そうですね。感覚的な事が多いですし、いくら練習してもできない方もいらっしゃいます。早くて3日、普通は1、2週間ほど練習しないと習得できないと思います」
練習はお店に帰ってからもしないとダメなようね。
「では平原でジェットブーツの実際の使い方をお見せしましょう」
セシルさんは自分のブーツの起動スイッチを入れる。
「このブーツは傾ける事で進む方向を制御できます。例えば前に進むには膝を曲げてまっすぐ前に倒しジェットに魔力を流せば前進することができます」
ブーツの角度で4つあるそれぞれの火魔法ジェットの方向が変わるようにできているらしい。魔力ではなく機械的な機構で自動的に動くと説明してくれた。
「では、少し実演してみましょう」
膝を曲げた状態でさっきの火魔法の魔力を流すと、靴底から後方に炎が出てすごいスピードで前に走っていった。逆に膝を伸ばしてブーツを前に出すと前方に炎が出てブレーキがかかり止まる。
「これも難しそうね」
地面を滑る感覚と靴底の炎の角度や出力など、今までにない感覚的な事を覚えないとダメみたいね。セシルさんは左右に高速で曲がったり、円を書いて走る。あのツアーの護衛の人がしていた動きだ。
「慣れてくればこのような事もできますよ」
セシルさんが高速で走り、そして上空へと飛び上がった。2階の屋根の上まで飛んでいる。空中でくるりと体を一回転させて地上に降り立つ。
私は思わずあんぐりと口を開けてセシルさんの可憐な演武といえるような動作を見つめた。
「す、すごいわ。人があんな高さまで飛び上がれるなんて」
このジェットブーツ、必ず使いこなしてみせると私は決意する。