6ーそっか
「なあ、あんたはいったい何で何も感じられないでいるのさ。」
彼を見ていると浮かんでくる当然の疑問だった。しかし、当の本人はその意味を理解していないようだ。なので、ソニエナはもう一度、問うてみた。
「…あんたがあたいを殺そうとしてんのはわかんだよ。でもあんたからはそれ以外の怒りも、悲しみも、憎しみも、悦びも、何も無いんだよ。はたして人を殺すってのは、そんなに無関心で出来ることなのかい?」
「わからない。ただ、僕は命令された。だからやる。今更僕たちが他に出来ることなんてありはしないから。」
錆びた剣を握りしめた指の先から、正体のわからぬ痺れが起こる。剣の身はカタカタ揺れている。
「そうかい。かわいそうに。」
多分、彼はあの刀以外のものをしっかりと握ったことはないのだろう。一体となって、あの右手は刀を持っているもの。
「もう終わらせるよ。あっちの3人は片付いたし。」
彼が心ない一言を発した。『3人は片付いた』。息を呑み、体が疼く。見たくない。それでも彼女は3人の方へ目を向けた。彼女の友が、たしかに3人、無機物と化し、命を断たれていた。血がアスファルトに滲んで溜まっている。
「オリバー…!アサーシャ…!ヴェゴナム…!」
見開いた彼女の眼の奥から涙が溢れた。
いや、だめだ。ここで泣いていられない。まだあと外に6人、生きている。だから、戦わなくては。
右手のひらで溢れた涙を彼方へと振り払った。きっ、と正面を向き剣を受ける姿勢ができた。
刃が向かい合う。剣の錆が鈍く、光を放つ。囲む炎が、揺れる。揺れる。空が鳴り止まない。
ばっと、地平に銀のいかづちが疾る。剣と剣が、鋼と鋼が衝突し合う。また、さっきの重み。
だがもう同じ手は通用しない。さっきより早く、刀を弾き返した。胴が空いている。すかさず懐へ反撃をー。
しかし錆は空気を掻いて裂く。彼はすでに消えている。どこだ。
下だ。しゃがみこんで避けたか。まずい。斬り上げが来る。
振り上がる刀が銀色の弧を描く。身体を捻って横へ刃を流す。捻った勢いで剣を振る。だが、剣先は彼の目の前を横切る。再び刀の刃が迫る。
何度も、何度も、剣を振るう。
かわす。
振るう。避けた。
振るう。髪の先端を微かに切り裂いてゆく。
何度目か、また銀の刃をかわすと、空っぽの背中がそこに。
もらった。これが彼女と彼の経験の差だ。彼女の剣が、彼の背骨を叩き斬りにかかった。これでー。
カァン!
…金属がぶつかり合う音。彼は既に彼女の剣の筋に合わせて、刀を突き出していた。弾き飛ばされる。その衝撃で、彼女自身も吹っ飛んだ。彼がその隙を見逃す訳はなく、駆けて後を追う。背中から仰向けでコンクリートの床に激突した彼女をそのまま床に押さえつける。胸の目の前に、彼は刀を突き立てた。
ソニエナは今の状況を冷静に考えてみた。ああ。完敗だ。3人も守れなかった。守りきれなかった。
迫ってくる冷えきった彼の顔を、もう一度見た。
そうして、やっと気づいた。この子にとって、この強さが彼の全てなのだと。彼は『力』に呪われていたのだと。
彼女には急に彼が可哀想に思えた。今まで救われたことなんて無かったんだろうな。そんな事を思いながら、彼と『話してみよう』と言葉をかけた。
「…負けたよ。あんたは、強すぎる。」
「うん。前もそう言われた。」
「…いいかいあんた。あんたは、多分、…あたいらとおんなじさ。全部奪われて、全部無くなって、だから、誰かを殺してしか生きられない。」
「もともと僕は生まれてからそれしかない。」
「そうかい…。」
彼女はただ、目の前の彼を抱きしめてやりたかった。それも今は無理な事だ。だから、言葉だけ残した。
「いいかい…?その有り余る力は、そう遠くないうちに、あんたを、苦しめ始める。誰かを殺すしか、道がないなら、せめて、何を壊せばいいかだけでも、自分で、選びなよ。」
「…そっか。」
彼女の言葉を聞き終えると、ザナエルは吐き捨てるように、剣先を下ろし、彼女の胸を突き刺して、
殺した。
『仕事』は終わった。空が鳴り止んだ。夜の闇に、再び静寂が訪れる。
シャッターがようやく開いた。壁にもたれかかった死体の一つが、開いてゆく壁に引き摺られ、倒れた。第二区は酷く静かだ。
「終わりましたね、隊長…。」
「ああ。本当に毎回容赦ないな、『BLACK』は。」
小隊の者は皆、壁越しに敵の悲鳴を聞いていた。壁が開いても、何か言おうとする者はいなかった。
ただ、隊長は凍てつく静寂の中、『仕事』を終えた彼等の背中に、恐怖とは違う何かを感じていた。彼は、ざわめいていた街を鎮める『使い』が来たのかとでも思い込んだのだろうか?いや、それはなんだか違う。だがともかく彼は、鳴り止んだ空をじっと眺めている黒い服の彼等を、なんだかじっと見ていたい心持ちであった。
さて、死体が結構できてしまった。第二区の被害も大きい。
「…現場の処理をして撤収するぞ。情報担当にこいつらのコード識別を要請しておけ。」
「『はっ!』」
治安維持隊は、後始末に取り掛かった。
あの声。あの悲鳴。オリバー。アサーシャ。ヴェゴナム。そして、ソニエナさん。多分、あの中で皆んな殺された。ルストーは、無力さをただ呪った。溢れる涙を、抑えきれなかった。今、息が苦しいのは、今必死に走っているからでは無かった。
「…ソニエナさんだけなら生きているかもしれない!」
「だめだ!もう…、行くぞ!」
不安定な声で叫ばれた反論は、一縷の望みにもならなかった。彼等はただこうして走って逃げる他なかった。
そうして彼等6人は、街の外れへと消えていった。
「帰るぞ。ザナエル。」
ユレイゴロさんの声。その合図で、4人は降りてくるヘリに乗るため降下地点へと歩いた。刀の身は消えてゆき、バトンへと姿を戻した。バトンを再び腰のベルトに着ける。
「結局一番強いやつをお前が殺すことになったじゃねぇか、Z786。」
「終わったからもういいじゃんゼフォーツ。」
話しだした2人に、ザナエルが合流する。ザナエナが真っ先に彼に気づき、微笑みかけた。
「あ!ザナエル!今回はどうだった?」
「まぁ…普通の敵とは少し違ったけど、任務は果たした。」
「ああ、ああ。ほーらまーたそうやって“今回も楽勝だぜ!”アピールかよ。かっこ悪りぃ。」
「ゼフォーツ!カッコ悪いのはどっち?」
「うるせぇなぁ…。お前もお前で惚れてるからってそいつをヨイショすんのやめろ気色悪りぃ。」
「…っ何よ!」
彼女の顔は真っ赤だ。
ゼフォーツとザナエナの2人が喧嘩を始めた。
それに目も暮れず、ふと気になって、ザナエルは『彼女』の死体を振り返って眺めた。やはり、動かない。
「ザナエル、もう行くぞ。」
ユレイゴロが呼んでいる。
「わかった。」
彼女の死体に背を向けて、物言わぬ別れを告げた。
辺りは酷く静かだ。
彼等の名は『BLACK』。王朝へ歯向かう反乱分子を殺すために結成された、治安維持隊の切り札である。